目次
はじめに
VUCA時代の到来によりビジネスを取り巻く環境が大きく変わる中で、イノベーションの創出の重要性が高まっています。そういった背景から、日本のBtoB企業においてもマーケティングへの取り組みを強化する事例が増えてきました。
同ブログ内のデマンドジェネレーションの記事では、BtoB企業におけるマーケティングの基本概念としてデマンドジェネレーションを解説しました。その中で述べたデマンドジェネレーション施策を機能させるためのキーワードは「顧客中心」「収益志向」「部門の連動」です。
一方で、顧客との向き合い方を変え、組織のあるべき姿を変えていくためには忍耐力が必要で、容易なことではありません。
マーケットワンではデマンドジェネレーションを最適化する組織・仕組みとしてデマンドセンターの構築を長年提唱しています。日本では浸透しきっている状況とは言えませんが、BtoBビジネスにおけるデマンドセンターに関しては世界中で注目されている概念です。
2021年8月に公開されているハーバードビジネスレビューの記事では、昨今のデジタル化や新型感染症による働き方・情報収集の大きな変化が起こる中で、「BtoB企業でデマンドセンター構築をためらうことはリスクになる」とまで述べられています。
本稿では、そんなデマンドセンターの基本的な概念について解説します。
デマンドセンターとは?
デマンドセンターについて、ボストンコンサルティンググループ(BCG社)の記事を参照すると、「ビジネスの拡大と、最適な顧客体験を提供する上で必要なデジタル・分析スキルを深めることを目的として、デマンドジェネレーションとリードマネジメントの機能を集約(セントラライズ)すること」と述べられています。
“centralizing demand generation and lead management to take advantage of scale economies and deepen the technical and analytical skills needed to orchestrate customer buying journeys”
「デマンドジェネレーション」「リードマネジメント」に関しての用語や関係性は前述した記事で解説していますので、合わせてご参照ください。
デマンドセンターで重要なポイントは「セントラライズ = 集約・一元化」することであり、そのためには部門間の連携が求められます。
部門横断でプロジェクトを進める場合、 「CoE (Center of Excellence)」といわれる、「組織を横断した人材・ノウハウを集結した中核組織」を立ち上げるケースがよく見られます。
CoEは、近年ではDX(デジタルトランスフォーメーション)の文脈で使われることも多いのではないでしょうか。
デマンドセンターでは、マーケティング・営業・顧客サポートなどに散らばった、デマンドジェネレーションにおける顧客接点の管理を集約・一元化(セントラライズ)し、一貫した顧客体験を提供することが求められます。
デマンドセンターの構築時には、会社として重点的に取り組む必要がある市場や顧客のコンセンサスが求められます。そのため、大前提として各部門が共通の目的を持った上で、統合された市場戦略(Go to Market Plan)を作成する必要があります。
以上をまとめると、デマンドセンターとは全社における「市場戦略を実行する仕組み」「顧客接点機能」を“集結”させた組織機能と言えるでしょう。
デマンドセンターに求められるもの
日本では伝統的に営業現場の声が強いため、マーケティングの役割として「営業支援」の側面が強くなるケースが多く見られます。一方で、前述したBCG社の記事においては、マーケティングは営業支援の運用のみから脱却し、収益向上のドライバーになる必要があると記載されています。
多くの場合では、営業は一般的に単年度の受注成果を求められることが多く、短期的な成果にフォーカスする傾向があるのが特徴です。一方で、マーケティングまで同じ視点で「営業支援」”のみ”を追い求めると、全社として中長期の成長を見すえる機能がなくなってしまいます。
もちろん営業支援としての機能も収益を支える上で重要です。しかし、収益向上の視点では近視眼的にならずに、一番先を見すえている(べき)経営と、短期的な成果を見ている営業の間を埋める存在として、マーケティングがバランスを取っていくことも求められます。
それを踏まえた上で、デマンドセンターでは短中長期の収益貢献という共通目的を持ちつつ、社内コラボレーションをしながら顧客のベネフィットを最大化していく「内外のバランスに均衡を持たせる取り組み」が重要です。
海外のマーケティングの文献を読むと「Orchestrate (オーケストレート)」という単語がしばしば出てきます。まさにマーケティングがオーケストラの指揮者のように、社内外のコラボレーションを促進していく必要があるのです。
従来型とデマンドセンター型のマーケティングの違い
それでは、従来型のマーケティングとデマンドセンターに求められるものの違いは何でしょうか?以下が前述のBCG社の記事を参考に図解したものです。
デマンドセンター型では顧客視点に立つために、自社・自部門・自身のミッション達成に向けて最適な情報収集をするためにオンライン・オフラインのチャネルを活用します。
自社視点では、案件獲得に向けて社内の役割を分業化するケースが増えています。
一方で顧客は自身が最適な体験をしたいだけであって、サプライヤー側の分業を求めているわけではありません。むしろ自分をよく知ってくれて、かつ何でもできる担当が一人ついている方が好ましいのではないでしょうか。
そのため、従来型のマーケティング・営業構造では、各部門が部門最適で目標を立てるためサイロ化してしまい、顧客にとっての全体最適が計れないことが課題となります。
福田康隆氏の著作『ザ・モデル』の中では分業型の副作用として、チームが分かれることで外と内の意識が芽生え上手くいかない。そのため「共同作業をすることで始めて達成可能である」共通目的を設定することが重要と書かれています。
つまり、売上向上という共通目標に向かって、部門間の一方通行のコミュニケーションではなく、フィードバックループの仕組みを構築する必要があるのです。
あくまで顧客視点に立ったうえで、顧客体験を最大化するため、社内のあるべき連携の仕組みを整え、コラボレーションしていくことがデマンドセンターのミッションになります。
リードマネジメントに関しても、本質的には“リードに関するデータ・情報の社内マネジメント”ですので、デジタルを活用しながらデータを蓄積・運用していく必要があります。
特にリアルタイムで顧客の状況を把握するためには、デジタルデータのアジリティ(敏捷性)の強みをいかに活かすかがカギです。
MA(マーケティングオートメーション)の活用を始めたクライアントから『これまで展示会や営業情報を吸い上げるため数か月かかっていた情報取得から分析までのプロセスを、MAを活用することで大きく短縮できた』と聞いたことがあります。
MAの運用においてはAlways On (オールウェイズオン)がキーワードです。MAの「自動化」を活用する際にも、顧客接点となるメールを単発で送るだけでなく、シナリオに沿ったナーチャリングキャンペーンを構築する必要があります。
加えて、顧客接点のデータや情報を適切にまとめ、効率性の向上を図るなら、自社内のリードマネジメント運用の自動化も求められるでしょう。
例えば、「キャンペーンに反応した人の中から、MQLに該当するリードに対してデータを元に絞り込み、営業担当のアサインを自動で振り分ける」といったように、一連の流れの自動化がMAやSFAと両プラットフォームのシステム連携をすることで実現できます。
このような運用の即時性を踏まえた上で、社内のインテリジェンスとしていくためには、デジタル活用・分析スキルが求められます。自社の狙いや仮説に対してデータを活用して実証していくにあたって、ビジネス文脈の理解とデータ分析のスキル双方が必要です。
一方で、全ての企業がこういった機能・人材を一部門にすべて抱えられるわけではありません。そういった場合は、必要に応じて外部の知恵も活用しながら、各プロフェッショナルを機能として「集約(セントラライズ)」し、CoEを構築していくことが求められます。
Always Onに関してはホワイトペーパー「マーケティング・営業領域におけるあるべきDX像とは」でより詳しく解説していますので、合わせてご参照ください。
ゴール設定で異なるデマンドセンターの注力ポイント
「どの会社にもそのまま適応できるモデルは存在しない」とは、前述のザ・モデル中に出てくる一文です。
日本でも分業型の取り組みが普及しつつある一方で、ある種の“万能薬”があるかのように、画一的に取り組む風潮があるように思われます。
しかし、実際は組織構造も絡んでくるため、自社のビジネスモデルや戦略・企業風土・人事設計など、KSF(キーサクセスファクター=重要成功要因)は多岐に渡るのが現実です。
そのため、デマンドセンターへの取り組みでは要因を紐解いた上できちんとゴール設定をしていく必要があります。
ゴール設計においては、経営戦略のフレームワークである「アンゾフの成長マトリクス」を用いるのが有効です。
こちらの図で整理してみると、既存品の既存市場(顧客)への浸透は営業支援的な側面が大きくなります。
一方、製品開発になると、製品部門や開発との橋渡し機能もマーケティングに求められる場合があります。このように自社で製品やサービス開発機能を持っている企業では、上記マトリクスの全ての領域がマーケティングのミッションになり得るでしょう。
新規市場に対しては、そもそも市場内における重要企業のターゲティングが不明瞭な場合もあります。それに加え、多くのケースでは自社内でコンタクト情報もなく、自社のコンタクトデータを活用するMAの効果が限定的になるため、選択するアプローチを変えなければなりません。
マーケティングの取り組みは「言語化」が重要
前述のようにゴール設定において取り組むべき方向性が違う中で、日本企業では“マーケティング”における、マーケティング部門の役割・部門名・組織が企業ごとでバラバラであると山下裕子氏ら共著の『日本企業のマーケティング力』に書かれています。
そもそも、日本では“マーケティングのミッション“が曖昧です。そのため、まずはマーケティングに求められるゴール設定を行い、それに沿ったあるべきデマンドセンターを構築する必要があります。
その認識がそろわないまま施策だけを進めても、トップ層が思い描くような「成果」は出ないでしょう。
一方で、「思い描く成果らしきもの」の多くは暗黙知として関係者の頭の中だけにとどまっているケースも多いのが実情です。このような暗黙知を言語化することで形式知化し、デマンドセンターの意義付けをする。そして関係者の理解を深めながらマーケティングに取り組むことが重要です。