「いいねの罠」と「で?の壁」を越えろ|村田製作所・安藤正道氏が語る新規事業の本質 - MarketOne Japan

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【対談】「いいねの罠」と「で?の壁」を越えろ 新規事業を成功に導く「セレンディピティ」の見つけ方:村田製作所

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新規事業のアイデアが具現化し、事業として産声を上げるまでには、いくつもの難所を越えていかなくてはいけません。大切なのは、壁にぶち当たっても挑み続け、必死にもがきながらも可能性を追求すること。粘り強い試行錯誤の中にこそ、突破口を開くセレンディピティとの出会いが待っているかもしれないからです。

今回お話を伺ったのは、BtoBマーケティングフォーラム2026にもご登壇いただいた、株式会社村田製作所の執行役員で技術・事業開発本部 事業インキュベーションセンター センター長の安藤正道氏です。新規事業創出の成功と挫折のご経験から、新規事業の創造に重要な思考とアクション、成功を導くヒントを探ります。

挫折にも屈せず、ある日セレンディピティと出会った

大橋:安藤さんには以前にもお話を伺ったことがありますが、改めてこれまでのどんな道を歩んでいらしたのか、お聞かせいただけますか?

安藤:1988年に村田製作所へ入社し、高周波デバイスの開発部門に配属されました。そこで、携帯電話の基地局用マイクロ波フィルターの開発に成功し、17年にわたってその事業に携わったんです。ところが、世界的に携帯電話が普及するにつれて状況は一変し、結果的にコスト競争に巻き込まれていきます。当時の難局をどうにか脱しようと無茶な働き方をした結果、身体を壊して出勤停止を言い渡されてしまいました。

 

株式会社村田製作所 執行役員 技術・事業開発本部 事業インキュベーションセンター長 安藤 正道 氏

大橋:ドクターストップがかかってしまったんですね。

安藤:どうにかしたいという想いが先走って朝の3時に出社したりしていたので、ムリもないですね。半年の休職を経て知的財産部に異動しました。その後、新規事業を創出する「未来の扉」という仕組みが社内で始まり、そこに私が持ち込んだテーマが透明スピーカーの開発です。そして、2007年5月から機能材料研究部に異動し、正式に開発を開始しました。

大橋:その開発はうまく進んだんでしょうか?

安藤:試作品を携えて、いろんなお客様に持って行きましたよ。行く先々で「これはおもしろいね」と言ってもらえたものの、結局採用には至りませんでした。そこで、透明スピーカー開発過程で生まれたセンサーに舵を切ることになりました。

大橋:ピボット(事業の方向転換や路線変更)の決断をされたんですね。ピボットの選択肢は決め打ちでセンサーだったんですか?

安藤:まずは、有機圧電体(力を加えると電気を発生し、逆に電圧をかけると変形する、薄く、軽く、柔軟性に優れた高分子ベースの圧電材料)という優れた材料で何を作るべきなのか、と、考えに考えました。スピーカーは「いいね」と言われるけれど売れる見込みがない。アクチュエーターはセラミックに勝てない。ならば、センサーしかないだろうというロジックです。
ところが、センサーは競合相手が多すぎました。同じようなモノを開発しても仕方ないし、コスト競争に陥りたくはない。それで、とりあえずセンサーエキスポに行ってみたんですよ。そこにはフィルムセンサーが展示されていて「あ、作ったところでこれと同じだ……」と。

大橋:打ちひしがれたわけですね。

安藤:帰路につく新幹線の中でなおもセンサーについて考え続けていた時、浜松駅を過ぎたあたりで急に「いや、うちの圧電性PLLA(L型ポリ乳酸)なら曲げとねじりができる。そんなフィルムセンサーはどこにもない」と、ひらめいたんです。

大橋:まさしくセレンディピティ(自身が予期していなかった商品や情報と偶然に出会い、新たな価値や魅力を発見する現象)ですね。安藤さんとしては、なぜそのひらめきが舞い降りたと思われますか?

安藤:透明スピーカー開発段階からとことん考え抜いてきたので、あらゆる特性や検証結果が頭に入っていたからだと思います。逆に言うと、あの時に曲げとねじりを思いついていなければ、有機圧電体を活かした独自性のあるセンサーの開発自体をしていなかったでしょうね。

新規事業を待ち受ける「いいねの罠」と「で?の壁」

大橋:そもそも、透明スピーカーに対する手ごたえとしては好評だったんですよね。でも「いいね」という言葉の積み上げが、製品化や事業化の可能性を裏打ちしているわけではない。「いいね」と「買います」は全然別物ですから。

安藤:私はそれを「いいねの罠」と呼んでいます。社内でもお客様先でも「いいね」「おもしろいね」と言われ、それを真に受けてしまうのが「いいねの罠」です。
その後に続くのが「で?の壁」で、具体的な疑問や課題が山積している状態です。たとえばコストやスケールアップ、特性の確認など、クリアすべき課題が壁のように積み上がっていきます。

大橋:技術開発やマーケティングのプロセスで一般的に言われる「魔の川」がアイデアの具現化、「死の谷」が実用化、そして「ダーウィンの海」が事業化という難所を示していますが、さらに細分化すると「いいねの罠」や「で?の壁」にぶち当たるわけですね。

安藤:最初期にあるのが「ポンコツの穴」で、新規事業はパッションだけでは絶対にうまくいきません。専門性はもとより、折衝や調整に必要なスキルや実力が穴だらけの状態です。ここを抜け出て初めて「魔の川」の具現化が見えてきます。
そして、「いいねの罠」と「で?の壁」を乗り越えた後に待っているのが、「死の谷」の実用化です。その後の課題は標準化。ここが「迷いの森」です。フレキシビリティは大切ですが、フルカスタマイズしていたら収益性やオペレーションの観点から事業化が難しい。市場のニーズを汲みながら標準化を進めて森を抜けたら、最後の「ダーウィンの海」に行き当たる、という順番ですね。

ポンコツの穴を埋め、革命を起こした「ピエクレックス」

大橋:先ほどのフィルムセンサーは、透明スピーカーで「いいね!の罠」にハマった後に、セレンディピティが舞い降りたんですね。

マーケットワン・ジャパン合同会社 執行役 ビジネス開発管掌 大橋 慶太

安藤:それは「ピコリーフTM」という名称で事業化し、現在も順調に売り上げを伸ばしています。そこからさらに発展したのが、糸型センサーです。服や靴に縫い込めるので、アパレルメーカーやスポーツメーカーに持ち込みました。たくさん「いいね!」をもらいましたが、具体的な購入検討にいたるお客様はおらず……。最後に訪れた靴下メーカーで出てきたのが「実は、ばい菌に悩んでいるんです」という課題でした。

大橋:ばい菌って、全然なじみのない単語だったんじゃないですか?

安藤:仕事人生で初めて言われた単語でしたよ(苦笑)。でも、我々のセンサーは糸型とはいえ有機圧電体ですから、伸縮によって発生する電場で殺菌できるんじゃないか?という仮説が生まれました。実験するときわめて強い抗菌性があると判明し、改めて提案しに行ったら「これはアパレルの大革命だ」と。そこから、大手紡績メーカーとジョイントベンチャーを立ち上げ、電気抗菌特性を有する繊維「ピエクレックス」が生まれました。

大橋:安藤さんのお話を伺っていると、「いいねの罠」や「で?の壁」を乗り越えていくには、作る側も買う側も巻き込む重要性を感じました。とはいえ、村田製作所にとってアパレルはまったくの異業種ですよね。既存の知見やノウハウだけでは越えられない壁も多そうです。

安藤:そう、完全に「いいねの罠」と「で?の壁」でしたよ。糸型センサーの紹介をした時「いいね、でもどうやって洗濯するの?」「いいね、乾燥機に入れていいの?」と、わんさか出てきました。我々は、アパレルのことがわからない。アパレルメーカーは、電気のことがわからない。お互いが「ポンコツの穴」だらけで、異分野結合の難しさを痛感しましたね。
そんな状況を乗り越えていくために、実は今「ピエクレックス」を作る会社には、革新的な製品開発に携わりたいと、繊維業界のトップメーカーに在籍していた人が集っているんです。自分たちの努力だけで埋めきれない「ポンコツの穴」をプロフェッショナルが埋めることで、土壌が固まりつつあります。

安藤:「ピエクレックス」に関しては、社会動向も追い風になっています。もともと、“電気抗菌特性があって、エコ素材”と掲げて売り出したんですが、“完全自然循環できる電気抗菌繊維”と言い換えただけで、売上が4倍伸びました。環境保全など社会課題へのソリューションであるという認知が上がり、Green×Expo2027公式ユニフォームに採用されるに至りました。これも「で?の壁」を超えた一つの例です。

突き抜けて世界一を獲らなければ、新規事業の価値はない

大橋:もし、今、安藤さんが過去に戻って「未来の扉」に応募するとしたら、どんなふうにテーマを選定されますか?

安藤:新規事業開発で大切なのは、技術的アドバンテージが高く「ほぉ」と言われることです。「へー」や「ふーん」じゃダメなんです。

ただし、そんな開発をしようとすれば当然ながら長い時間を要します。したがって、探すべきは5年後10年後のニーズですが、そんな先のことはお客様にもわからない。むしろ「これができたらおもしろくない?」と提示できるほど、自分たちの技術や製品を磨かないといけません。

もちろん、予測はだいたいはずれるものです。それでも先手を打っておかなければ、何も生まれない。今はまだ輪郭が曖昧でも「これができたらおもしろいぞ」と信じられるテーマを探したいですね。

大橋:確かに、答えが容易に想像できるものなら、とっくに他の人が考えて事業化していますから。

安藤:そう、まだ誰もやっていないから価値があるんです。それに、新規事業は世界一でなければいけません。性能でもサイズでも価格でも何でもいい。とにかくどこか突き抜けた世界一を標榜できるほど、考えて試して磨いた後から広がる世界があるんです。

迷走に陥ることなく、力を蓄えピボットし続けろ

大橋:一方で、どこまで追求するのかという不安もついてまわります。可能性を信じながらも引き際を見極めるというのか、ピボットや中止の意思決定はどのようにすべきでしょう?

安藤:新規事業を進めていれば、遅かれ早かれ「で?の壁」にぶち当たります。1度や2度くらい壁に当たったからと言って「方向転換しよう」と考えるのは時期尚早。とことん壁と向き合い、どうしても乗り越えられないと見極めて舵を切るのと、とりあえず方向を変えてみるのは全然違います。前者はピボット、後者はただの迷走です。どこに進んだって壁はあるわけで、つまり本当に必要なのは、壁を乗り越える力を蓄えること。世界5位や10位のレベルで方向転換を繰り返しても、セレンディピティに出会えるはずもありません。

大橋:では、安藤さんがセレンディピティに出会うまで、強く意思を持って新規事業開発をやり抜けた理由はどこにあると思いますか?

安藤:私の場合、たくさんの人を巻き込んでしまって引っ込みがつかなかったんですが(苦笑)、やはり一番強かったのは、可能性を信じていたことだと思います。

もちろんビジネスなので、お客様がいらないものを作り続けるわけにはいきません。でも、新規事業の場合、自分たちが作るものをお客様はまだ見たことがない。売れる自信を持つには至れずとも、可能性は絶対にあると信じられるなら、挑み続けるべきです。そして、常に自分に問い続けること。今、自分が作ろうとしているものは、誰が見ても「ほぉ」と言えるか?と。そうやって客観視することで、妥協や迷走に陥るのを避けられます。

プロフェッショナルを巻き込み、組織力で勝つ

大橋:客観視というお言葉になぞらえて、過去の自分にアドバイスを送るとしたら、どんなことを伝えたいですか?

安藤:早い段階からプロフェッショナルを巻き込んだ方がいいぞ、と。技術面で言うと、私はわりと何でも自力でできたんですよね。でも、すべて自分に集約していると「いいねの罠」や「で?の壁」を越えようとした時にチームの力が足りず、結果的に事業開発を減速させてしまいました。特に大企業では、人集めは意外と難しいんです。壁を越えたい時に協力を仰いでも「うまくいったら呼んで」と言われがちですから。

大橋:「今、うまくいっていないからお願いしているのに……」というジレンマですね。

安藤:その点、「ピエクレックス」の社長は、最初からプロフェッショナルを巻き込んで組織作りを進めてくれています。もし自分が社長だったら、やっぱり一人で抱え込んでしまっていたかもしれません。私を社長に据えなかった上司の英断ですよ。

大橋:どうしても自ら動きたくなる性分なんですね、安藤さんは。でも、それができる環境や状況があればこそ、という気もします。

安藤:それは、村田製作所の良いところかもしれません。どんなに売上が立たない時期でも、会社から「その事業はダメだからやめろ」と言われたことは一度もないんです。今は逆に、若手の新規事業開発を見守り、鼓舞する立場になりました。個人的には、方針転換する前にもう少し頑張って粘れ! と、もどかしさを感じたりもするんですけどね。あともうひとつ、昔の自分には「もっとまわりに『ありがとう』を言え、もっと人を喜ばせろ」と言いたいです。

「ありがとう」その一言で、もっとまわりを巻き込んでいける

大橋:一体、過去に何があったんですか?

安藤:一番初めの基地局用マイクロ波フィルターの開発時代を思い出すと、「俺が一番頑張っているんだから、まわりが俺に感謝しろ」という不遜な心境だったんですよね(苦笑)。透明スピーカーの開発を始めた頃も、お客様を喜ばせたい気持ちはあったものの、開発を成功させて自分が喜びたい気持ちの方が強かった。「いいね」と言われるのがうれしい自分を優先していたがゆえに、否定してくる「で?」という声に耳を傾ける発想が欠落していたんです。


安藤:今となっては、一日に何回「ありがとう」を伝えているかわからないほどです。携わる全員が感謝の念をもって喜びのために行動できれば、より早くより良い事業開発ができるはずですから。すべての人に対して喜ばれることを考えて頑張れよ、と、伝えたいですね。

大橋:徹底的に事業開発と向き合い続けてきた安藤さんがおっしゃるからこそ、重みのあるアドバイスですね。でもやはり、どんな難所も真摯に向き合い続けることでしか乗り越えられないし、逆に言うと、突き詰めていけば突破口となるセレンディピティと出会えるのだろうと感じました。今まさに「いいねの罠」も「で?の壁」にぶち当たっている人たちにとっても学びのあるメッセージになったと思います。本日はありがとうございました。

まとめと対談所感

新規事業が歩む道のりが、まさに千利休が提唱したとされる「守破離」の型そのものだと感じます。

技術を磨き上げ、専門性という基礎を固める「守」を磨き上げる事で、透明スピーカーで「いいねの罠」「で?の壁」を超えて次のステージに到達することができた。オリジナルのアイデアから、フィルムセンサーへとピボットして新たな価値を見出す「破」。さらに、糸型センサーからピエクレックスという異分野との共創へ踏み出し、プロフェッショナルの力を巻き込みながら自らの型元々の本業「守」から離れていく「離」。

この守破離の連続ときちんと順番を踏む事こそが「いいねの罠」と「で?の壁」を突破し、世界一を目指す新規事業の本質なのだと、改めて実感しました。楠木健氏の著作「ストーリーとしての競争戦略」にもあるように重要なのはどの要素をカバーするのかではなく、どの順序で行うのかという事を安藤様の実体験から再認識する機会となりました。(マーケットワン 大橋)

プロフィール

安藤正道 ph.D
株式会社村田製作所
執行役員 技術・事業開発本部 事業インキュベーションセンター センター長
1988年株式会社村田製作所に入社。1990年TM二重モード誘電体共振器を使用した世界最小の携帯電話基地局向けマイクロ波フィルタの開発に単独で成功しこれを事業化、2004年までに22機種を開発。2007年会社の「未来のとびら」制度に応募した新規テーマが採用され、2012年圧電性ポリ乳酸(PLLA)フィルムを使用したセンサの商業化に成功。
2016年PLLA繊維の電気抗菌効果を発見、2020年株式会社ピエクレックスを設立し取締役CTOに就任。2021年から現職。

大橋 慶太
マーケットワン・ジャパン合同会社 執行役 ビジネス開発管掌
BtoB企業のマーケティング・コンサルティングに15年以上従事。大手製造業向けに、マーケティングを軸にした新規事業探索、デジタルトランスフォーメーション等の戦略立案と実行支援のアドバイザリ役を務める一方、日本におけるマーケットワンの事業開発を管掌する。日本アドバタイザーズ協会 デジタルマーケティング研究機構BtoBマーケティング委員会の委員長

Text:Aki Tatsuno
Photo:Takuya Sakawaki
Edit:Tomoko Hatano