デザイン経営とは何か|「どうありたいか」を起点にした思考と経営 - MarketOne Japan

EVENTS AND INTERVIEWS

「どうあるべきか」を捨てろ。デザイン経営は“どうありたいか”から始まる 知的財産教育協会 近藤泰祐氏

インサイト一覧

社会や市場の変化が加速する中、「従来のやり方では通用しなくなっている」という焦りを抱く企業は少なくありません。VUCAという言葉に代表されるように世の中の不確実性が増す今、「デザイン経営」が注目されています。

目に見えない価値や意味を、人が知覚できる言葉や形に変換する営みであり、不確実な時代に経営や事業開発を前に進めるための「OS」にもなり得るデザインの力が、新たな価値創造の糸口となるか——。

今回は、知的財産研究教育財団の近藤泰祐氏に、高まるデザイン経営の重要性や、そもそもデザインとはどんな営みを指すか、お話を伺いました。

デザインの本質とは、物事の“意味”を見出すこと

大橋:社会や市場の変化が加速する中、デザイン経営が注目されていると聞きます。ここで言う「デザイン」とは、そもそもどんなものなのでしょうか。

一般財団法人知的財産研究教育財団 知的財産教育協会 事業部長 近藤泰祐氏

近藤:デザインの本質は、“ふわふわしたもの”を形にすることにあります。日本では、「デザイン」という言葉に対して、「意匠」という訳語があてられました。「意匠」という言葉の中には、「意」という文字が入っています。つまり、デザインとはものの形や色そのものではなく、その背後にある「意味」を見出し、それを言語化したり、形状に落とし込んだりして、表現可能なものへと変換していくことだといえます。

近藤:昭和の時代は、過去から現在までの延長線上に未来を描く「ロジカルシンキング」が通用した時代でした。しかし、世の中の不確実性が増している今、ロジカルシンキングには頼れなくなってきています。かといって、勘と経験、気合い、いわゆる「3K」だけでも乗り切れない。そこで経営者のよりどころとなるのが、デザインの力です。

大橋:それはどういうことでしょうか。もう少し詳しく教えてください。

近藤:不確実な時代において大切なのは、「本質は何か」を捉えようとする姿勢です。本質を捉えようとするうえで必要なのは、バイアスを外して、目の前で起きていることは一体何なのか、その「意味」を捉え直していくこと。不確実であるがゆえに、成功確率はもちろん低い。だからこそ、成功に向けて何度も試す必要があります。

そこで必要となるのが、デザイン分野でよく言われる「デザイン態度」です。「デザイン態度」とは、デザイナーが問題解決に向き合う際の根本的な姿勢や考え方のことで、とくに重要とされているのが、不確実性を受け入れること。うまくいかないことを受け入れ、場合によってはそれを楽しみながら向き合っていく姿勢が大切だとされています。

デザインを「OS」と見立て、不確実なものを動かしてみる

近藤:もう1つ、私は物事を説明をするときによく、「たぶん」という言葉を前に置きます。驚くべき事象が起きているけれど、うまく説明できない。そういうときに、「たぶん、こうなのだろう」という仮説を作り出します。この仮説を作り出すところに、デザインの力が有用なのです。

大橋:不確実に向き合う際に、最終的なアウトプットに至るまでの考え方やプロセスも含めて「デザイン」と呼ぶということでしょうか。

マーケットワン・ジャパン合同会社 執行役 ビジネス開発管掌 大橋慶太

近藤:そうです。ここで言うデザインとは、「動詞」としてのデザインです。OSとアプリケーションに例えてみましょう。アプリケーションにあたるものが、経営の手法論です。ただ、その経営の手法論をどのOSで動かすかが重要になります。ロジカルシンキングというOSで動かしてうまくいかない場合には、デザインというOSで動かしてみる。そうやって、OSを使い分ける必要があります。

答えが確実に一つと分かっているものに対しては、従来通りロジカルシンキングのアプローチが有効です。一方で、不確実性が高い領域にアプローチするときに、ロジカルシンキングだけで進めようとすると出口が見えなくなってしまう。そこでデザイン的アプローチを使う必要があります。

編集という仕事は、まさにデザインですね。どの言葉を選ぶか、レイアウトをどうするか。それらはすべて、意味を伝えるためのものです。これまでの常識でフレームワーク化されていたものが通用しないのであれば、あらためて意味や価値を定義し直さなければいけない。この再定義する力こそが、デザインの力なのです。

アート思考とデザイン思考 両者を併せ持つ必要性

大橋:デザインをOSに例えれば、物事の捉え方やアウトプットの仕方そのものに関わるものだと理解できますね。その中で、「デザイン思考」を特徴づけるものとは何でしょう。

近藤:デザイン思考は、「人間中心」の考え方と言われます。お客様は何を考えているのか、そのインサイトを捉えようとするところが特徴の一つです。

ただ、近年、世の中が「デザイン疲れ」に陥っています。社会が多様化したことでマスマーケティングが通用しなくなり、一人ひとりに合ったマーケティングが推奨されるようになったためです。そこで、「自分はどうしたいか」から価値づくり、ものづくりをして世に問うていく「アート思考」が求められつつあります。

大橋:デザイン思考とアート思考が対比されるものとして見えてくるのは、新鮮です。

近藤:アート思考は「自分はどうしたいか」という、いわばゼロイチの考え方。一方、デザイン思考は1から10にしていく考え方。そして、10から100にしていくのがロジカルシンキングの領域です。そのなかで、ゼロイチとイチジュウ、つまりアート思考とデザイン思考は区分がなくなってきており、両方の脳を使うことが求められるようになっていると感じます。

いま企業に必要なのは「未来洞察×技術」

大橋:先日、あるメーカーの方が、まさに1から10の作り方について話されていました。ゼロイチは、買ってくれる人がいればよい。ただ、1から10に進むときには、市場が見えなければいけないし、それが事業として成り立つのかも考えなければならない。両者の間で考え方を変えていく必要があるという話でした。そんな中、デザイン思考は、事業開発、プロダクト開発、経営判断のいずれの部分でもっとも効果を発揮するのでしょうか。

近藤:中長期のことを考えなければならない場面ですね。たとえば、2026年4月に経済産業省と特許庁が行っている表彰制度「知財功労賞」で「経済産業大臣表彰デザイン経営企業」を受賞したパナソニックホールディングスのグループCEOは、「不確実性の高いこの時代に長期的な生き残りをかけた戦略を描くには」「現在の事業やその環境にとらわれない目線・・・未来起点で考えなければなりません」と未来起点の重要性を語っています。自分たちはどこに行きたいのか。そのために、事業環境が変わっていく中で、自分たちの役割をどう再定義していくのか。それが問われるのです。

最近ではよく企業の中に、「未来」と名の付く部門や活動があります。未来洞察、未来創造など。そこで働くのは、多くの場合、デザイン関連の人たちです。
大橋:ビジネスを作り出していくという観点では、会社のどの部門に最もデザイン思考が必要なのでしょう。

近藤:デザインをOSと考えると、全部門に必要です。ただ、部門ごとに役割が異なります。

事業開発で一番難しいのは、課題が顕在化しておらず、技術も確立していない場合です。だから未来洞察をする必要がある。そこでデザインの力を持った人たちがこの役割を担うことが多いわけですが、この人たちは技術のことまで詳しく知らない場合があります。だから、「未来洞察×技術」が必要なのです。課題と技術をどう掛け合わせるか。どんなスピードでそれぞれを進めていくのか。デザインと知的財産がこうしたコミュニケーションをしっかりできている会社は、まだ多くありません。

「あってほしい未来」にいかに近づけるか模索し続ける

大橋:デザイン思考をいくつかの単語に集約するとしたら、どのようなものになりますか。

近藤:「未来志向」と「人間中心」ですね。人間中心とは、資金やモノでなく、人を起点に考えるということです。未来志向は、不確実性を受け入れること。そして、リフレーム(状況の捉え直し)をすることです。暗黙知をいかに形式知化するか。非常にクリエイティブな営みですね。

大橋:「たぶん」の精度を上げていくということですよね。論理的思考は、材料が全部そろっていないと論理がつながっていきません。でも、現実には欠けている部分がある。その飛躍を受け入れることが大事なのだと思いました。

近藤:そうですね。去年から今年の成長率が来年も続くという前提で目標設定をしていると、うまくいかなくなるケースは多いと思います。そこでMVVやパーパスのような話が出てくる。ただ、それだけでは目標設定にはなりません。志の話で終わってしまいます。

「ありたい姿」があり、起こるかもしれない未来の中に、「あってほしい未来」を描く。どうすればそこに近づけるのかを考え、一歩を踏み出していく。パナソニックはこうした点をうまく描いていると思います。

もちろん、価値観や美意識、正義感から描き出す「ありたい姿」が大切です。一方で、会社である以上、持続的に成長しなければならないし、儲けなければならない。そのかけ算をどう描くかが、経営者の仕事なのではないでしょうか。

正解がないからこそ、デザインの力と経営がつながっていく

大橋:デザイン力は、感覚的には先天的なものなのでしょうか。それとも、後天的なトレーニングで高められるものなのでしょうか。

近藤:私は後天的なものだと思っています。「価値観や美意識をどう磨くか」と同じ問いに近いのではないでしょうか。

私たちは学生時代、点数で測られてきました。同じ行動をしなければいけない環境で育ってきた。そのため、「アイデンティティは何か」と聞かれても、答えにくいのです。価値観や美意識、志のようなものを自分の中で醸成しにくい根源はそこにあります。デザイン的行動の根っこにあるのは、「何がよきことか」を自分の中で持てるかどうかだと思います。

大橋:人間にも正解はありません。正解がない以上、どんな人間になりたいかは、自分の意思や志、行動で作っていくしかない。合っているか間違っているかはわからないけれど、「これが好きだ」と思うものを選び、行動していくほかありません。

近藤:それをもう少し拡張すると、経営者の意思決定の話につながります。世の中が複雑になり、不確かになると、意思決定には必ず痛みが伴います。その時必要となるのが、価値観、美意識、覚悟だと思います。正解がないからこそ、デザインの力と経営がつながってくるのです。

デザインする対象は、ものから体験、経営へ広がってきました。最初は、ものや形状、有体物のデザインです。その先に、ユーザビリティやUI、UXのような体験のデザインが出てきました。そして今、経営をデザインするという考え方に拡張してきている。ただし、デザイナーだけがデザインできるわけではありません。デザインを「動詞」として捉えるなら、経営者も事業部も知財部門も、デザインする主体になり得るのです。

ロジカルシンキングが通用しない世界では「共感」が求められる

大橋:「デザイン経営的ではないこと」は比較的説明しやすい一方で、「デザイン経営的なこと」とは何かを具体化しようとすると、難しそうです。

近藤:デザイン経営は「百社百様」と言われています。たとえばNECの場合、自分たちは何者なのかをきちんと言葉にして統一し、メッセージを発信することで、世の中の認知を変えていきました。そういうブランディングのアプローチもあれば、パナソニックのように製品が変わったという話もあります。

大橋:ロジカルシンキングであれば、「A+B=Cである」と整理できます。一方で、デザイン的思考は「A+B=D」かもしれないし、「A+B=F」だと思う人もいる。そうすると、それぞれが違うことを言い出してしまうのではないかとも感じます。全員がデザイン的な考え方を持つと、話がまとまりにくくなるのではないでしょうか。

近藤:合意形成が難しいですよね。ただ、多様化が進む中では、ロジカルシンキングでも合意形成できない領域に入ってきているように思います。そこで一つのキーワードになるのが、「共感」です。市場自体が、効率性や合理性から共感へと変わりつつある。パーパス経営も、共感の力で組織を運営していこうという話です。

近藤:「モノからコトへ」という言葉がありますが、これは機能的価値から体験価値に変わっていくということです。スペックだけでなく、コンセプトを重視する時代になってきています。

一方で、組織の意思決定も変わっていきます。必要とされるのは、多数決でもなく、トップダウンでもない、「対話」です。互いの信頼関係に基づき、他者を理解しながら、それぞれの「らしさ」を結合させて、より良いアイデアにしていくプロセスです。意思決定や合意形成の質そのものも変わってきていると感じますね。

デザイン経営とは「自分らしさ」を追求する究極の行為

大橋:デザインとは何か、なぜ今デザイン思考が注目されているのか、非常に腹落ちしました。最後に、あらためて、デザイン経営とは何でしょう。

近藤:デザイン経営とは、これまでに囚われず、自分らしさを追求すること。自分らしさと、未来はこうなるのではないかという見立てをしながら、どうやってビジネスをしていくか。そのための頭の使い方ではないでしょうか。

重要なのは、「どうあるべきか」ではなく、「どうありたいか」。「あるべき」だと、他人軸になってしまう。過去や他人、フレームワークのようなものに合わせに行く考え方です。それには限界があります。

大橋:つまり、「どうありたいか」を軸に、ビジネスを動かすための頭の使い方だということですね。そして、「どうありたいか」を考えるためには、まず自分が何者なのかを考えなければいけない。

近藤:そうです。自分が折れないための動機が必要であり、それは内発的に生じるものです。それが「100億円稼ぎたい」ということなら、それでよいと思います。ただ、それだけではたぶん、人はついてこない。社会において、どういう役割を果たすかが前提になければいけません。自分の役割を、社会に対してどう言語化できるかが大切なのです。

そして、デザイン経営をするうえでは「ワクワク」を大切にしてほしいですね。まず自分がワクワクしなければ、従業員もパートナーもついてこない。社会がワクワクしなければお客様も生まれません。

大橋:自分自身はもちろん、より多くのステークホルダーがワクワクできる経営をデザインすることが大事だということですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。

対談まとめ

近藤氏との対話から、デザインとは意味を見出し「形」にする営み、プロセスであり、不確実性の時代に経営を前進させる思考のOSとなり得るものだと学びました。ロジカルシンキングだけに頼れない今、アート思考とデザイン思考を併せ持ち、「未来志向」「人間中心」の視点で仮説を検証し続ける姿勢が求められています。また、意思決定の質も多数決やトップダウンから対話と共感へと変化しているという切り口は新鮮でした。デザイン経営とは特別な手法ではなく、「どうありたいか」を起点に自分らしさを追求し続ける姿勢そのものだという近藤氏の言葉は、弊社としても大切にしなければならない信念だと改めて感じました。(マーケットワン・ジャパン 大橋)

プロフィール

近藤 泰祐
一般社団法人日本知財学会 経営デザイン分科会 代表幹事/一般財団法人知的財産研究教育財団 知的財産教育協会 事業部長/一般社団法人デザイン経営推進機構 ファウンダー・事務局
1994年 岡山大学法学部卒業/2020年 金沢工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科修了(MBA)。日本初の知的財産に関する検定試験である「知的財産検定」の創設に参画。2008年に同検定の国家検定(知的財産管理技能検定)への移行に携わる。国家検定への移行後は、現職として、検定試験の普及・運営、知的財産管理技能士会の運営、知的財産アナリスト認定講座等の人材育成事業を担当。2018年の内閣府による経営デザインシートの公表後、日本知財学会に経営デザイン分科会を設置し、代表幹事として内閣府と連携しながらその普及活動及び経営デザインシートを活用した企業支援に取り組んでいる。また、2022年には特許庁の中小企業の「デザイン経営×知財」研究会の委員にも就任し、デザイン経営の普及コンテンツ開発にも携わる。2023年からは特許庁のデザイン経営関連セミナーの講師を務めるなど、デザイン経営の普及活動にも取り組んでいる。

大橋 慶太
マーケットワン・ジャパン合同会社 執行役 ビジネス開発管掌
BtoB企業のマーケティング・コンサルティングに15年以上従事。大手製造業向けに、マーケティングを軸にした新規事業探索、デジタルトランスフォーメーション等の戦略立案と実行支援のアドバイザリ役を務める一方、日本におけるマーケットワンの事業開発を管掌する。日本アドバタイザーズ協会 デジタルマーケティング研究機構BtoBマーケティング委員会の委員長。

Text:Tomoko Miyahara
Photo:Takuya Sakawaki
Edit:Tomoko Hatano