ABMとは何か、その対義語は?
一般的にABMは、Account Based Marketing(アカウント・ベースド・マーケティング)の頭文字をとったもので、BtoB企業において「自社にとって価値の高い顧客企業=アカウントを選別し、顧客にあわせた最適なアプローチをして売上げを最大化する」マーケティング手法とされています。
では、その対義語はなんでしょう。これは筆者の私見ですが、リードベースドマーケティングということになるかと思います。
ビジネスtoビジネス(BtoB)の領域での2つの違い
アカウントベースドマーケティング (ABM) | リードベースドマーケティング | |
---|---|---|
基本的な考え方 | 特定の「アカウント=企業」に売れるものを探す | 単体もしくは複数の製品、サービスを「売れる相手」を探す |
売りたいもの | 特定の製品に限らず、アカウント=企業が必要とするもの全てが対象 | 単体もしくは複数の製品、サービス(相手はどの企業でもかまわない) |
基本的にBtoCにおいては「特定の顧客(個人)」に売れるものを探す「アカウントベースドマーケティング」という考え方は、百貨店の外商のような特定の富裕層に向けたビジネスなどの例外を除いてメジャーではありません。ある「特定の製品」を買ってくれる不特定多数の消費者にアプローチをしていくリードベースドマーケティングが基本になります。
BtoBにおいても、パソコンやセキュリティソフトなど「どの企業でも必要となる」幅広い企業郡に販売可能な製品を扱っている企業では、不特定多数の企業がターゲットになりえるためリードベースドマーケティングが中心になります。その場合、リードは特定の商材に紐づくことが多いため、ある意味ではプロダクトベースドマーケティングともいえるのではないでしょうか。
実際欧米のBtoBマーケティングが成熟した企業はIT系の企業が多く、それらの企業は特定の単一商材を扱っている、または事業体ごとに細分化されており、その「事業体の製品に対するリード」を扱っているケースも多いです。
一方、たとえば特定少数のスマホメーカー向けの液晶パネルを提供しているような企業にとっては、特定のスマホメーカーにあわせた製品を販売するための「特定企業に販売」が可能となるABMの手法が重要になってきます。加えて、素材や部品を扱っている場合、顧客側の使用用途ごとで複数商材の提案が必要な場合が出てきます。顧客企業=アカウントに合わせた提案が必要になるため、ABMの重要性が増しています。
従来型のリード(プロダクト)ベースドからアカウントベースドへのマーケティングの移行は世界的にも見られています。
“Salespeople talk about accounts, they talk about customers… they don’t talk about leads. Salespeople think about how they’re going to win accounts in the first place, then how they’re going to keep and grow those accounts.”
“営業マンは、アカウントおよび顧客については話すが、リードについて話すことはない。彼らはまずどうやってそのアカウントの案件を勝ち取るかを考え、次いでそのアカウントとの関係性を維持し育てるかを考えるものである。”
Engagio社 The Clear & Complete Guide to Account Based Marketing より
では、どのような条件がそろうとABMが有効に機能するのでしょうか。
ABMが有効に機能するために必要な4条件
ABMが有効な企業とはどういうものなのでしょうか?筆者は下記の4つの条件をみたしている企業だと考えます。
- ABMのターゲット企業が特定でき、営業チームがカバーできる社数であること
- 売上げの偏在性(かたより)が大きいこと
- ABMのターゲットとなる企業の入れ替わりが少ないこと
- ABMの推進によって顧客企業にも明確なメリット、付加価値を提供できること
ひとつひとつの条件をみていきましょう。
1. ABMのターゲット企業が特定でき、営業チームがカバーできる社数である
一つの例として、どの企業に対しても販売可能で、安価で高機能な中小企業向けのクラウド型の会計ソフトを販売している会社のケースをもとに考えていきましょう。この会社は、大企業を除くほぼすべての事業者をターゲット企業としています。その場合、日本中の中小企業2016年時点で約358万社((中小企業・小規模事業者の数 https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/chousa/chu_kigyocnt/2018/181130chukigyocnt.html))ある中小企業全てがターゲットとなります。
会計ソフトという性質上、同一の企業に何個も会計ソフトを売れるわけではなく、1社あたりの売上げが他の会社と大きく変わらないという事業の特性をもっているとしましょう。その場合、1社あたりの売上げはどの企業に売っても変わらないので、特定の企業への販売にこだわる必要はありません。
この会社の場合、営業人員が100名程度で数十万社もの顧客を抱えているという事情もあり、「特定の企業」への絞り込みや、実際に特定のアカウントを攻略する人的リソースの必要性もないのでABMに注力していません。その代わり、非常にうまく機能しているリードベースドマーケテイングを推進し、創業10年未満で顧客数を数十万社に拡大することに成功しています。
一方、同じ会計領域のツールを販売しているあるグローバル企業の日本支社では、自社の製品の販売ターゲットとなる企業の条件として、海外売上げ50%以上、海外の事業所数が20以上あるという条件を満たす企業のみを「ターゲット企業」として選出していました。
その条件にあてはまる企業数は日本に250社強しかなく、1社あたり数億円の売上げが見込めるものの、逆に言えば日本にターゲット企業となる条件をみたす会社が250社しかありません。つまり自社の市場が特定の250社しかないため、それぞれの企業からなんとしても売上げをあげることが会社の生命線となります。10人以上の営業人員を投入して250社のターゲット企業だけに対してABMを実施し、年率20%以上の売上成長を達成しています。
このように、ABMのターゲット企業が特定でき、営業チームがカバーできる社数であることがABMが有効に機能するために必要な条件の一つになります。
2. 売上げの偏在性(かたより)が大きい
ABMが有効に機能する2つ目の条件として、パレートの法則(上位20%の顧客が80%の売上げを上げる)にあらわれる売上げの各社ごとのかたよりが重要な要素となります。
例えば、前述した中小企業向けのクラウド会計ソフト企業の場合には、単純化すると多少のバージョンの違いによる価格の違いはあれ、同じ企業で複数のライセンスが販売できるわけではありません。したがって、同じバージョンのソフトウエアを購入している企業間で売上げの偏在性=かたよりはありません。
一方、安価なソフトウエアから特定のアカウント向けにカスタマイズした製品まで幅広く販売しているようなIT企業では、安価なソフトウエアだけを購入している顧客企業と、その企業向けにカスタマイズされたITインフラ全般のソフトウエア、ハードウエアを購入している企業との1社あたりの売上げは大きく異なります。
上記のIT企業の場合では、上位15%の企業の売上金額が全社の売上金額の75%を超えています。また上位の企業1社あたりの平均売上金額は、残りの企業の平均に対して30倍にも達していました。
ABMという施策は、かなりの工数を使う施策になりますので、投入した工数(投資)に見合う成果=売上金額を見込める場合におこなうのが有効かと考えます。感覚値にはなりますが、ABMの対象となる企業は、1社あたりの売上金額が平均値の20倍程度を見込める企業をターゲットにするといいのではないかと思います。
3. ABMのターゲットとなる企業の入れ替わりが少ない
「10年以上継続する企業は全体の10%」
この数字は飲食事業をおこなう企業が10年以上存続する割合を示したものです。3年で7割が廃業し、10年存続するのが10%以下ということになります。(閉店しやすい飲食店の特徴は!? http://www.synchro-food.co.jp/news/press/1949)
その場合、例えば新規開店した飲食店などにPOSや従業員の勤怠管理システムを売りたい企業が、新規開店の飲食店100社をABMのターゲットにノミネートしても、70社が3年で廃業してしまうことになります。こうなると、ABMのターゲットとして継続的にアプローチをおこない売上げをあげるターゲットとするのはあまり意味がなくなってしまうのではないでしょうか?
一方、参入障壁が高く、開業に大きな投資を必要とする製造業などは業界の中のプレイヤー=企業の入れ替わりが少ない傾向にあるのではないでしょうか?代表的な例として自動車メーカーを思い浮かべていただくと、ここ10年での新規参入も廃業もほぼない、非常に安定した業界だといえるのではないでしょうか?
ABMで成果を出していくためには複数年の継続したアプローチが必要となってくることも多いです。せっかくターゲットとしたアカウントを継続的に追えるように企業の新規参入、廃業が少ない業界の企業をターゲットにすることでよりABMの成果が出やすくなります。
4. ABMの推進によって顧客企業にも明確なメリット、付加価値を提供できる
ABMが有効に機能するための最後の条件ですが、筆者の考えではターゲットアカウントが自社との取引を通じて、ターゲット企業の付加価値向上につながる複数の製品、サービスを提供できることだと考えます。
特定のアカウントに対しての「売上げ」を創るということはABMの大きな目的ではあるのですが、自社の製品、サービスの購入を通して、クライアント企業の付加価値をあげる関係性を築くことが重要です。例をあげると、東レとファーストリテイリングように価値を創っていく「共創パートナー」となることをABMの大きな目標とすることがABMの有効性を増していくことにつながるのではないかと考えます。
一見当たり前のように聞こえる話かもしれませんが、自社の売上げ向上の視点で特定の顧客の複数部門に対してアップセル、クロスセルをしたいという話をよくお聞きします。それによってターゲットアカウント=クライアント企業にどんなメリットをもたらすことができるのかを考えることが重要です。この部分の検討、考察、質の良い仮設立案がクライアント企業との関係性の強化=自社にとっての安定的な売上げ向上につながる条件となります。
例えば、自社の複数の製品の販売拡大を目指し、ターゲットとなるEVメーカーの複数部門との取引拡大を目指しABMを行いたいという素材、部品系企業は多いのではないでしょうか?一方、自社の製品をターゲットのEVメーカーに複数導入してもらうことによって、自社の売上げ拡大以外に、相手企業への明確なメリットの提示、提供ができないというケースも散見します。
実際に、ある素材系メーカーのマーケティング部門の方が、「弊社の経営陣は特定の顧客企業向けに自社の複数の製品の拡販を目指すABMの推進を高らかに宣言しているが、自分自身それを行うことによって顧客企業にどんなメリットがあるのかがはっきりとわかっていないので、ABMを推進することに躊躇(ちゅうちょ)してしまう」と話されていました。
「何のためにABM」を行いたいかという自社視点に加え「ABMを推進することで顧客企業にどんなメリットがあるのか」を社内外に明確に提示できるという要素が非常に重要であり、かつ抜け落ちやすい視点ではないでしょうか?
今回ABMが有効に機能するための条件として4つの条件を説明しましたが、逆に言えば自社から見た市場が下記の条件を満たす場合には、極論を言えば自社の成長のためにはABMを行うことが唯一の方法ともいえます。
- ABMのターゲット企業が特定でき、営業チームがカバーできる数量であること
- 売上げの偏在性(かたより)が大きいこと
- ABMのターゲットとなる企業の入れ替わりが少ないこと
- ABMの推進によって顧客企業にも明確なメリット、付加価値を提供できること
次回は、きちんと実践すれば大きな成果をもたらすABMの発展段階と、その実現に伴う挑戦=推進のボトルネックになりやすいポイントをご紹介していきます。
■注釈