近年、短期のみならず中長期での恒常的な事業成長をVUCA環境下で実現することが、企業には求められています。
その際、日本企業においても、変化し続ける市場=マーケットに適応していくために「マーケティング」への期待が高まっています。
そのような状況の中で、BtoBビジネスにおけるマーケティングへの取り組みでは、デマンドセンター構築の重要性が高まっており、同ブログ内のデマンドセンターの記事でもご紹介しています。
本稿では、デマンドセンター構築に向けてどのような機能が必要なのか、マーケットワン・ジャパンのフレームワークに沿って解説します。
目次
マーケットワンにおけるデマンドセンターフレームワーク
マーケティングプロジェクトをクライアント企業と伴走する際に、「戦略と実行の分離」について課題を抱えているケースが多く存在します。
たとえコンサルティングファームに依頼して戦略を立てたとしても、実行するメンバーがついて来られなければ「絵に描いた餅」に終わってしまいます。逆のケースで全体の絵が見えないまま施策の積み重ねはするものの、成果が出ないというケースも無数に見てきました。
前回の記事で、「デマンドセンターとは『市場戦略を実行する仕組み』と『顧客接点機能』を “セントラライズ(集結)” させた組織機能である」と説明しました。
BtoB企業におけるマーケティングへの取り組みでは、まさにこの戦略と仕組みが連動していない状況が見受けられます。
そこで、戦略から実行までの持続可能な仕組みを支える機能を構築するために、マーケットワン・ジャパンでは下図のように、デマンドセンターを7つの要素に分けて整理しています。
以下より、上記フレームワークの各フェーズについて解説していきます。
マーケティング戦略企画
海外のBtoBマーケティングに関する記事や文献では、マーケティングのミッションは企業成長であるという大前提の下、マーケティングの市場戦略(Go To Market)は、「コンセンサスが取られている」状態を前提として書かれているケースが多くあります。
その場合、そもそもの目標・役割分担が明確であり、マーケティング戦略を「いかに実現するか」が論点になります。
一方、日本企業においては「マーケティング」に求められるものが曖昧であるケースが多く存在します。場合によっては「営業以外が行う新しい試み」すべてをマーケティング活動の範疇で扱われがちです。
例えば「アンゾフのマトリクス」というフレームワークがありますが、コンサルティングプロジェクトの中で「マーケティングのミッションはどこの領域に貢献することか」とヒアリングをすると、役員・部門長・担当で別の答えが出てくることもしばしばあります。
例えば、新規市場の開拓を目指す場合、自社にキーマンのコンタクト情報がないケースも往々にして存在します。その際、MA(マーケティング・オートメーション)で施策を実行しようにも、メールアドレスのデータを持っていなければ、メッセージを届けたい相手には届かず、短期的な成果を出すのは難しいと言えるでしょう。
このようにマーケティングへの取り組み方は目的や戦略によって大きく変わってきます。そのため、マーケットワンではデマンドセンターを進める上での最優先課題として、マーケティング戦略企画をフレームワークの中に入れています。
市場開拓のフェーズでは、特にターゲットとなる業界や業界に紐づく企業群の選定が重要になります。ターゲットの考え方については、マーケティングのペルソナ設計の記事で解説していますので、合わせてご参照ください。
マーケティング戦略企画では、ターゲット企業を選定した上で「自社が興味のある顧客に振り向いてもらう」「自社に興味のある顧客に対して、お互いの価値が一致するかを見極める」という二つの活動のバランスを取りながら、どのように合致させる(受注させる)かを戦略的に描くことが必要です。
その上で、「絵に描いた餅」の戦略にしないためには、「自社にフィットするか」という視点が重要です。こちらに関しては次回の記事で改めて紹介していきます。
PULL型ニーズ喚起・案件育成
PULL(プル)型の取り組みは、自社 “に” 対して興味を持っている顧客を増やすインバウンドのアプローチです。
自社のマーケティング資産の有効活用という観点では、短期的にはMAを活用し質の良いコンテンツを提供することで、自社に興味のある見込み顧客を見つけてMQLを創出する活動が一般的です。
この際、案件化に直接的に貢献したキャンペーンやコンテンツにフォーカスが当たることも多いでしょう。
一方で、トリガーになったキャンペーン以外でも、「すでに商談中の方がウェビナーやWebコンテンツなどを閲覧して理解を深めた」等の間接的な影響も見逃せません。 MAやSFAツールでは、施策ごとの直接的・間接的な貢献度を図るために、“アトリビューション”としてモデル化する機能を備えている製品も多くあります。
プル型で長期的な視点に立つと、デマンドセンターという仕組みだけではなく、その中身として「ソートリーダーシップ」がキーワードになります。
英語にするとThought Leaderであり「思考の先駆者」です。短期だけでなく、長期的に特定のテーマに対して、自社の強みを生かしながら先端的な考えを発信していくことで、「そのテーマの第一人者」としての第一想起を目指します。
最先端の取り組みに対して、いざ実用化された際にメインプレイヤーとして第一想起されるポジションを築いておくことはマーケティングの観点からも非常に重要です。そのためには、自社が保有している情報資産・技術ポートフォリオなどを踏まえた情報発信をしていく仕組みが求められます。
これらはインバウンドマーケティングとも呼ばれ、ブライアン・ハリガン/ダーメッシュ・シャア共著の同名の書籍『インバウンドマーケティング』の中では、「『あなたが伝えたいこと』ではなく、『人々があなたについて語っていること』が重要」と書かれています。
インバウンドの特徴として「短期的な成果は見えづらい」という点が挙げられます。コンテンツを作成しても、届けるチャネルがないとすぐには広まりません。それに加え、コンテンツに目を通してもらえても、すぐに案件に繋がるわけでもないというジレンマもあるでしょう。
その一方、コンテンツはどんどん蓄積されていき、時にはコンテンツ自体が営業の役割をしてくれる場合もあります。これは、顧客の情報収集のあり方が変わった現在においては非常に重要なアプローチです。
大きな成果を生むには時間がかかるため、「小さな成果」をきちんと出していきながら周囲に理解を得ることが必要となります。
PUSH型ニーズ喚起・案件育成
PUSH(プッシュ)型は自社 “が” 興味を持っている顧客に対するアウトバウンドのアプローチです。
「自社が攻略すべき企業を攻略する」と言うと当たり前のように聞こえますが、実際問題、多くの日系企業が苦手にしているアプローチでもあります。
その理由として、かねてより日本企業の技術力は高いことから他社に対する技術的優位性を保持しており、顧客からの引き合い依存でも事業が成り立つ構造があったと筆者は感じています。
そのため、日本企業における案件育成はいわゆる「ルート営業」と言われる既存顧客に対するフォローがメインで、企業開拓という組織機能や能力を有していないケースも多々あります。
そのような状況下で新規事業の創出を目指そうとする場合、引き合いを増やすために必要な「その領域においての名声を勝ち得ている」状態がない状態と言えます。
このような新規事業の場合、ニーズ、ウォンツ、デマンドの違いについて解説した記事で述べている通り、ニーズの開拓・ウォンツへの転換・予算がついてデマンド化するというプロセスを経る必要があります。そのためプッシュ型であってもプル型同様「成果までに時間がかかる」ということも、特に商談サイクルが長い製品では往々にして存在します。
ではプッシュ型の利点はどこにあるでしょうか?
プル型では自社に興味のある企業を絞り込める一方で、自社に興味を持ってくれるリードの属性が、営業がフォローしたいと思う対象とかけ離れてしまうことがあります。
例えば、自社の営業リソースを鑑みると売上1,000億以上の企業しかフォローできない。そんな状況でSMBと言われる中小企業からの引き合いが多く発生すると、顧客のフォローができず、自社営業も、またフォローへの期待をもっている顧客も疲弊するだけになってしまいます。
そこで、フォローすべき企業像が明確に定まっている場合にはプッシュ型のアプローチが有効になります。
マーケティングと営業が目線を揃えながら実施する代表的なプッシュ型施策としてABM(アカウントベースドマーケティング)が台頭し、近年注目を浴びています。
これは、自社がターゲット“すべき”企業群をノミネートすることで、あらかじめ絞り込みを終わらせ、既存取引先だけでなく新規の見込み顧客企業に対する関係性の強化および売上の向上を狙う施策です。
ABMの概念を世界に広めたアメリカのコンサルティング会社であるITSMA社の定義では、「ABMとは個社を“市場そのもの”のように扱い、自社にあるすべてのマーケティング機能を活用して、顧客ビジネスとロイヤリティを最大化すること」とあります。
ABM, at its core, is essentially treating individual accounts as markets in their own right, and then acting with all the tools of marketing to position the company and its services with the aim of ultimately acquiring a greater share of clients’ business and earning their continuing loyalty. ((Bev Burgess著/A practitioner’s guide to Account-Based Marketingより引用))
「個社を “市場そのもの” のように扱い」とあるように、従来は業界や市場ごとに立てられていたマーケティング戦略に対し、個社単位で同じ粒度で戦略を立てることが求められます。
つまり、それまで「業界動向」という粒度で取得していた情報に対し、“各社”の動向をつぶさに把握し、顧客の具体的なニーズに基づいた戦略を立てる施策がABMです。
その上で、引き合いがない場合でもアウトバウンドのアプローチが必要になる場合も往々にしてあります。
マーケットワンでもテレプロスペクティングという手法でCxO・経営層へのアプローチやキーマンリストの作成など長年サポートをしてきました。 (弊社のテレサービスはこちら)
経営層へのアプローチなどはまさに、ターゲット企業の「これまで現場レベルでしか会話ができておらず、意思決定権者と繋がりたい」という営業活動のピンポイントな課題に対応に適した “アウトバウンド” アプローチと言えるでしょう。
CxO・経営層に対するアプローチは一例ですが、営業とマーケティングで協力しながら適切な施策を立案することが重要です。
絞り込み案件見込み査定
案件の査定では、スコアリングやテレマーケティングを活用して、自社に興味があるリードと自社が興味のあるリードの重なり部分を絞り込みます。
案件の絞り込みが必要な理由は、インバウンド・アウトバウンドで獲得したリードすべてに営業が対応しているとリソースがいくらあっても足りないためです。
案件の絞り込みにおいては、インバウンドリードであれば「それが自社の提供価値とマッチしているか」、アウトバウンドリードであれば「営業がフォローするのに最低限の関係性が築けているか(その結果が”アポイント”ということもあるでしょう)」などを見極める必要があります。
ここで広く使われているフレームワークがBANTであり、以下の要素に着目します。
- Budget (予算):自社製品を買う予算を保持しているか
- Authority (決裁権):商品を買う決定権
- Needs (ニーズ):顧客課題(ペイン)や顧客が成し遂げたいこと(ゲイン)
- Timeline (導入時期):商品を購入する時期
これらが揃っている場合、いわゆる「良いリード」の条件を満たしていると判断されます。BANTフレームワークに関しては改めて、今後公開する記事で解説します。
「営業とマーケティングの対立」に関する議論が多くの企業で発生しますが、大抵が「リードの質が悪い」ことに起因していますので、案件の絞り込みの重要度は高いと言えるでしょう。
営業パス案件化
案件の芽が生えたらより具体的な話をすべく、営業が顧客対応を行います。 <後編>シリウスディシジョンズ・デマンドウォーターフォール(SiriusDecisions Demand Waterfall)モデル徹底解説でも述べている通り、このフェーズが一番難しい段階とも言えます。
営業の担当ごとで特徴が違い「良いリード」であっても受け取り側の特徴で、受注率にバラツキが出る可能性があるためです。そのため、営業とマーケティングであらかじめ、営業がフォローする条件・納期について定義しておくことが重要となります。
契約文化が根付いている欧米においては、営業とマーケティングでSLA (Service level agreement) として、各部門のトップで書面化した条件についてサインを行う場面もしばしば見受けられます。
このフェーズでも問題は発生するわけですが、多くのケースでは営業へのパスの仕方が悪いというよりも、冒頭で挙げたマーケティング企画戦略の部分できちんとコンセンサスが取れていないことが大きな原因です。
最初の段階で取るべき案件、その案件を取るために必要なアプローチ先に関する「目線合わせ」ができていないと、効果的なリード送客ができません。そのため、事前にすり合せを行うことが必須となるのです。
デマンドセンター機能構築
デマンドセンターの機能構築を進める上では、「データが整っているか」「必要なデータを管理するシステムが整備されているか」「システムを運用する上での運用ルールが敷かれているか」が重要です。
それらがしっかりと用意されている状態で、MAとCRMを連携したリードマネジメントや、SFAでのパイプラインマネジメントも組み合わせる必要があります。
前回記事でも述べている通り、この一連の取り組みは属人性が排除されたものでなければなりません。
一方、矛盾するようですが「新しい取り組み」においては「10回打席に立っても1-2回ヒットが打てれば良い」というのが実情でしょう。
「顧客視点 vs 自社視点 」について述べた記事にある通り、まだ再現性が確立していない領域においては、属人性を排除した標準化ができるわけではないとも言えます。
アフリカのことわざで「早く行きたければ、一人で進め。遠くまで行きたければ、みんなで進め。」という言葉があります。岸田内閣総理大臣が所信表明演説でも引用していたのが記憶に新しいと思います。
事業を拡大させる上で、“早く進む” ときは新たな成功事例を作るために属人化を恐れずエースに託す必要がある一方、 “みんなで進む” 場合は再現性を実現するための標準化が求められます。
どちらが必要であるかは事業のフェーズによって変わってきますので、企業が中長期で事業を成長させていくためには、これらのバランスを取ることが重要となります。
■注釈