ビジネスシーンにおける「DX」がバズワードになり、ある種のブームになってから久しく経っています。DXはデジタル化を目的としているものの、その本質は「企業のビジネスに対してデジタルをどのように活用すべきか?」というものです。
デジタルを手段としながらも、なかなかデジタル化が進まない事業部に対して、デジタルを目的とするものの成果が出ないDX部門という構図はしばしば見受けられます。
向かっていくべき方向は同じではずであるにも関わらず、なぜそこには大きな溝があるのでしょうか。
これは「デジタルマーケティング」という独立した分野があるマーケティング領域においても、DXの文脈でよく語られる課題であり、さまざまな企業で組織レベルの解決が目指されています。しかし、「何を解決すべきか」が明確化されていないため、なかなか成果にはつながっていないケースが多いのが実情です。
小手先でDXの真似事をしても仕方がなく、ドラスティックな環境変化に対応できるよう、コーポレート・トランスフォーメーションを推進すべきであると、経営共創基盤の冨山和彦氏は著書『コーポレート・トランスフォーメーション』でも語っています((冨山和彦「コーポレート・トランスフォーメーション 日本の会社をつくり変える」文藝春秋 ))。
このような状況下で、マーケティングはどのようにDXを実現すべきなのでしょうか。本稿を通して、論考します。
デジタル時代におけるマーケティングコミュニケーションの現状
そもそも「マーケティング」の定義についてですが、コトラー&ケラー著の「マーケティング・マネジメント」によると、マーケティングに対して一番短い言葉をあてがうと“meeting needs profitably”であるとされています((Kotler, Keller「Marketing Management Global Edition」 ))。
つまり、ニーズを満たすことで収益を生み出す営みといえるでしょう。
そのため、マーケティングの中心には常に顧客が存在しなければなりません。にも関わらず、それが忘れられ自社のプロセスやシステム“だけ”を整えていてしまっている現状があると、同ブログ内の多くの記事で主張してきました。
マーケティングの文脈におけるデジタルの役割は、顧客接点の最適化とそれを支える社内体制の効率化がキーワードになります。
マーケティングの主役は「顧客ニーズ」ですが、それは黙っていても得られるわけではありません。ニーズは顧客とのコミュニケーションから生まれるものであり、適切に拾っていくためにはマーケティングコミュニケーションが重要といえます。
「コミュニケーション」に主眼を置いてみると、コロナ禍により、従来は対面だけで行われていた仕事がリモートでも行われるようになりました。そのなかで、いままでは「対面ありき」で行われていたプロセスや慣例が、さまざまなチャネルに細分化されることとなりました。
たとえば、軽く話しかけるようなやり取りはチャットで行う。もう少し腰を据えて会話したい内容はWeb会議といった形で、コミュニケーションの目的によってチャネルそのものをわける判断を強いられるようになったのです。
これはTPOによって、コミュニケーションのやり方が多様化しているともいえます。しかし、それが当たり前になるにつれて、「これまでは“話して伝えるべきこと”と思われていた事柄」をチャットで伝えて違和感がある……、というケースも少なくないのではないでしょうか。
デジタルはマーケティングの何を変革するのか?
さて、このようにビジネスを取り巻く状況が変わるなかで、「デジタルによるマーケティングの変革」とは、いったいどのような取り組みを指すのでしょう。
たとえば、その解の1つとして参考になるのが、DXを推進する我が国トップの河野太郎デジタル長官がAbemaの取材で述べた、以下のような発言です((ABEMA TIMES「河野大臣“マイナ保険証”別制度は「まれな事情で」 目指すのは『誰一人“取り残されない”デジタル化』」 ))。
“人口が急速に減って高齢化が進んでいる日本で温もりのある社会を作るために、人間がやらなくていいものはやめようと。ロボットやAI、それこそコンピューターにやってもらって、人間は人間がやらなきゃいけないことに特化する”
これはつまり、マーケティングコミュニケーションにおいても、デジタル化により、これまで人間が行ってきたマーケティングの営みを完全に代替するわけにはいかない。むしろその本質は「人間が担うべきコミュニケーション」に回帰することといえます。
昨今は、営業マンだけではなく、あらゆるビジネスパーソンがオンラインで情報収集に努めています。それを踏まえて、自社で見込み顧客やステークホルダー向けのコンテンツを作成し、“コミュニケーション”を図ろうとしている企業も多いはずです。
加えて、コンテンツを用いたマーケティング手法は自社視点でも大きな利点を秘めています。
たとえば、営業マンにも商談が得意な商材とそうでない商材があるでしょう。そのような営業視点での勝ちパターンから外れた商材であっても、自社にいつでもわかりやすいコンテンツとして蓄積されていれば、属人性抜きにして顧客にPRできます。それは顧客側にもメリットがあり、自分が本当に欲しい情報を得られると考えることもできます。
DXにおける顧客とのコミュニケーション「方法」の選択肢
マーケティングにおけるコンテンツは、コミュニケーションで入手可能な情報の「中身」といえますが、それを用いたアプローチを行う際には、はたしてコミュニケーション「方法」が正しいのかという側面までは踏まえておかなければなりません。
前述のとおり、近年はオンラインミーティングが盛んに行われています。その結果、移動の時間が大きく削減され、商談数を稼げるようになりました。
これにより、(会議の目的を明確にし、目的にそった会議運営ができれば)仕事の生産性を大幅に上げられるようになったといえます。
一方で、果たしてオンラインミーティング“だけ”が、あらゆるケースで最適なアプローチなのでしょうか。
たとえば、議論されている内容以外の表情や場の空気といった細かな機微は、対面でしか手に入れられない情報です。さらに、「目的のない会話」「雑談」などから手に入る顧客情報も存在します。これらは、営業を経験したことがある方ならば、非常に腹落ちする感覚でしょう。
ただし、すべて対面営業で行う必要もないのも事実です。オンラインで目的をもってコミュニケーションをとり、時に対面も交える。DX時代の到来によって、このような使い分けの選択肢が増えたと捉えるのが適切なのではないでしょうか。
結局は何を「変革」するべきなのか?
選択肢が多様化されはしたものの、見方を変えるとマーケティングコミュニケーションの目的や手段により、取れる情報の内容や粒度が異なります。たとえば「場の雰囲気」と簡単に片付けてしまうのではなく、定性的な情報であり、商談を進める上でも重要なインサイトとなり得ます。
BtoB企業におけるインサイドセールスのあるべき役割とは?でも顧客との向き合い方、具体的には「マーケティング・インサイドセールス・対面営業」の各フェーズで取得できる情報が異なると述べました。
つまり、各チャネルでカバー可能数や情報粒度が変わるのです。当然、デジタルの方が広い顧客にリーチができますし、移動を含めて対面の方が総合的な時間は多くなります。一方で、前述の通りオンライン・対面では得られる情報量や中身も異なるため、方法による長所短所があります。
以上をまとめると、DXで必要なこととは、デジタルで得意なことをさせて、より人間が担うことで付加価値が付けられるものにフォーカスできる環境構築をすることであるともいえます
顧客接点を最適化し、マーケティングコミュニケーションの効果を最大化させるうえでは、社内のプロセスの改革も必要になります。
「顧客接点の最適化」としては、国富論から紐解く「分業制」の本質的な機能で述べた顧客接点の分業も1つの解です。ただし、複数人で同一の顧客と対峙するのであれば、その情報は集約されている必要があります。これについては、デマンドセンター構築の文脈に沿ってBtoBのデマンドセンターとは?今こそ顧客志向の仕組みづくりが必要な理由でも解説したとおりです。
さらに、デジタル変革を一歩進めると、従来はわざわざ会議のために情報を集めて分厚い資料を作っていたところから、データを活用したダッシュボードなどにシフトさせることも考えられます。
それにより、「過去の報告」ではなく、「アクションオリエント(=未来志向)で何をすべきか」という本来すべきことにリソースを集中できる基盤を整えられます。
ただし、これはデジタル“だけ”で実現できるわけでもありません。仮にいま目の前で綺麗なダッシュボードがあっても、全員で同じ目線で議論をし、データドリブンでの意思決定ができるとは限らないのです。
DXが「人間がすべきこと」にフォーカスしていく取り組みであるとの視点からみると、本当に“変革”しなければならないのは、デジタルなどのシステム基盤ではなく、働き方や価値観といった「人間そのもの」といえるのかもしれません。