モノや情報の流通が国境をまたいで往来する現代において、グローバル市場を見据えたビジネスを拡大する重要性は、ますます高まっています。流通や地政学リスクの観点からは、最終完成品の製造拠点も各国に点在するため、サプライヤーも海外への適応が求められていることでしょう。
日本では少子高齢などによる労働人口の減少や、米中を中心とした海外市場の拡大により、多くの企業にとってグローバルマーケティングによるビジネスの拡大は死活問題となっています。
そのような状況下、グローバルの拡販を踏まえると、マーケティングは事業部門を支える役割として、営業がカバーできなかった領域のフォローが求められます。特に海外では、顧客のデジタルを介した情報収集が一般化しており、企業側もさまざまなテクノロジーを活用するのがスタンダードです。
なかでもマーケティングオートメーション(MA)は、各社で導入が一巡し、現在はマーケティング活動の中心となっているツールの1つでしょう。MAは各ツールをつなぐ“ハブ”としてデジタルマーケティングの基盤を支える役割を果たしているのです。
一方で、日本企業においては、「マーケティングのデジタル化」のチャレンジに加え、地の利のないグローバル市場での展開が必要になるため、これから本腰を入れて対応する企業も少なくありません。
そこで今回は、MAをグローバル展開する上で、考慮すべき要素について論考します。
MAのグローバル展開で必要な勘所
日本企業のグローバル展開においては「中央集権化を進める VS地域ごとの分散化を進める」のオプションが、戦略を決める上での重要事項として挙げられます。
もちろん、商習慣や地域事情によって事業戦略も異なってくるため、「シンクグローバル・アクトローカル」の考え方が重要です。その上では、どこまで自由権を与え、どこまでの自由度を許容するかを検討する必要があります。
これはMAのグローバル運用においても大切な要素です。
マーケティング戦略を達成する上で、定量的な指標をKPI(Key Performance Indicators)として定めるでしょう。特に定量的な数値の取得に秀でたデジタルマーケティングの推進においては必須の考え方です。
グローバル戦略においては、このKPIの統一性と自由度のバランスを考慮する必要があります。ただし、具体的な指標としての設定方法や数値の置き方は、戦略との一致性を確保するために検討されるべきです。
さて、KPIを定義する上で、重要な要素は大きく以下の2つが存在します。
①:KPIの指標の選定
②:各指標の数値の設定方法
特に①の指標の面においては、異なる指標設定が計測項目の違いをもたらすため、地域ごとに見るべき指標を変えることで、目標や取り組むべき事柄が異なってくる可能性があります。
②の数値の設定方法に関しては、同じ指標であっても、数字のバランスをどのように考えるかが求められます。たとえば「為替の影響で税務前年度や各国間の比較が難しくなる場合」「各地域の海外売上のバランスやマーケティングの貢献度」を考慮しながら指標を設定する必要があるでしょう。
以上のような課題を考慮しながら、グローバル展開におけるMAの運用を検討していくことが重要です。
なお、日本企業のグローバル展開に向けた取り組みに関心をお持ちの方は、以下もご参照ください。
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MAをグローバル展開する際の2つの手法
この前提に立ったとき、MAを展開する上で最初に直面する重要な論点は「インスタンス(環境)を1つにするか、2つにするか」です。
このインスタンスの問題は、シンプルにすると「データベースを何個持つか」といえます。つまり、1つのデータベースで世界展開をするか、地域ごとで複数のインスタンスを持つかについて選択する必要があるのです。複数のインスタンスを複数もつ場合「日本で1つ、アメリカで1つ……」と各地域で異なるデータベースを所有することになります。
同一ツールを意図的に各地域で振り分けている「シングルインスタンス」の場合もあれば、マーケティングの意思決定を各海外拠点に委ねているため、各地域で異なるツールを入れている「マルチインスタンス」ケースもあります。
ここからは、それぞれのケースにおけるメリット・デメリットについて個別に考えていきましょう。
シングルインスタンス方式のメリット・デメリット
1つのデータベースをグローバルで活用するシングルインスタンス方式の利点としては、データの集約化により複数のデータベースを持つ必要がなくなることや、コストの削減が挙げられます。
同一環境での実施となるため、テンプレートやプログラムの再利用も可能です。たとえば、英語のメールアセットを作成した場合、アメリカとシンガポールといった英語圏全体で同一のメールコンテンツを流用できるでしょう。
さらに、グローバルで同じ運用を行えるため、KPIなどの指標の統一化も実現できます。データフィールドなどを統一し、「KPIに関連する情報・データ」を規定してしまうことで、データ運用の一貫性を高められるのです。
グローバル展開では、初期段階でグローバルなMA運用の姿を明確化し、実装する必要があります。拡張を進める際には、初期の計画や規格の段階でグローバルな運用方法を固め、各国の関係者との合意形成を重視する必要があります。その際には、日本本社側のリーダーシップや胆力が求められるでしょう。
MAに関しては、基本的にはCRM(顧客関係管理)やSFA(営業支援・営業管理)システムとの連携が求められます。そのため、営業側の戦略や運用もグローバルである程度共通化していくことが必要です。
もちろん、各MAツールは複数のSFA環境と連携する。あるいは、それとは逆に複数のマーケティングオートメーション環境に対して1つのSFAを使用することも可能です。
ただし、こういった組み合わせを進めるとシステムが複雑化する可能性があるため、初期の段階で適切な形を整えておかなければならないのです。
これらのグローバルで標準化した運用を求めることの裏返しになるデメリットとしては、こうした調整を進める際に時間がかかることです。
そのため、調整がうまくいかなければなかなか前に進まず、デジタルマーケティングの導入から成果が現れるまでの期間が長くなり機会損失が生じる可能性がある点が挙げられます。
マルチインスタンス方式のメリット・デメリット
マルチインスタンス方式ではMAのグローバル展開を推し進めれば、各国の要望やニーズに合わせた機動力のある対応を実現できます。
特に、代理店なども別のチャネルを活用しているケースでは、マーケティングによって創出された見込み顧客情報の受け渡し先が自社の営業だけでなく、代理店に対しても行われる可能性があるでしょう。
MAのCRM連携機能を活用すれば、このような見込み情報の受け渡しを自動化できるため、各地域でのチューニングの自由度は飛躍的に高まります。もちろん、シングルインスタンスの場合でも同様の対応は可能ですが、全体最適の中で個別最適を達成するためには、精微な調整や優先順位付けが必要です。
「1:1でシステムをシンプルにつなげる」という観点では、マルチインスタンス方式は地域ごとに融通を利かせながら、展開していける点もメリットとなる場合があります。
近年は、各国で個人情報の取り扱いに関する法規制も異なるため、その対応も融通が利きやすくなります。
「エクスプリシット・オプトイン」と「インプリシット・オプトイン」という考え方が存在します。
エクスプリシット・オプトインでは、“明示的”にオプトインの同意を得る必要があり、例えばフォームにチェックボックスを設けるなどが該当します。さらに厳しいダブルオプトインという形態では、最初に同意を得た後にメールなどを送信し、URLのクリックを促すことで本確認を行い、初めてオプトインとなります。
一方、インプリシット・オプトインでは、このような明示がなくても所定の条件があれば、オプトインとみなす仕組みです。例えば、日本では名刺交換をした段階でオプトインとみなされています。
シングルインスタンスの場合、全世界のオプトイン状況を考慮しながら最適な形をプログラム化して再現する必要がありますが、マルチインスタンスの場合は、柔軟に各地域に合った設定を行うことで難易度が下がります。
ただし、複数の地域での運用ではいくつかのデメリットが生じる可能性があります。
例えば、各地域が独自に動いているように見えるため、動きの重複が生じる。あるいはアセットの効果的な活用が進まない場合があります。拠点ごとのニーズに対応するために、「ガバナンスとは逆の作用」が働く可能性もあるでしょう。
さらに、マルチインスタンスでは複数のデータベースを保持する必要があるため、コストがかさんでしまうリスクや、各地域にマーケターを配置する必要が生じることによる採用の難しさも懸念されます。
とはいえ、各地域のニーズの把握については、グローバル規模のデジタルマーケティングを実施する際には、(どのような手法であれ)考えなければならない要素です。
例えば、中国ではチャットツールが主要なコミュニケーション手段となっております。また、地域ごとの文化や価値観に合わせて異なるUI/UXが求められる可能性もあります。
つまり、シングルインスタンスでもマルチインスタンスでも、各地域の特性を理解したマーケティングマネージャーの存在が不可欠といえるでしょう。
おわりに
以上を踏まえると、グローバル展開におけるMAの展開方式は、慎重に選択する必要があります。各地域のニーズや要件を考慮し、戦略的な意思決定を行いながら、最適な運用モデルを構築しなければなりません。
確かに、これらの要素はケースバイケースで考慮しながら最適な選択をする必要があります。導入に遅れが生じることで機会損失が生じる場合、期待効果を測定しながらどちらが最適かを検討することが重要です。
MAは“あくまでデータベース”であることを考えると、データや情報の収集が重要です。MAの新規導入、あるいは移行するタイミングでは、事前の調査や実証実験を通じて、異なる運用モデルの期待効果を評価し、結果を元に判断を下すことが求められます。
マーケティングマネージャーや関係者とのコミュニケーションを通じて、現地の要件や意見を把握し、対応策を策定することも必要でしょう。
最終的な判断については、ビジネスの戦略や目標との整合性、効果の期待度、リソースの可用性などを総合的に考慮しながら行わなければなりません。
ただし、マルチインスタンスでスタートしたとしても、各地域で運用が成熟化したタイミングで、シングルインスタンスへの移行も可能です。
MAのグローバル展開ではもちろん検討は重要であるものの、検討期間の間にまだ見ぬ新たな案件の機会損失をしている可能性もあります。
「検討と展開のバランス」を勘案しつつ、トライ&エラーをしながら進める。その上である程度のエラーは受け入れながら推進する必要があるといえます。
とはいえ、エラーが発生する場合は、各ステークホルダーからネガティブなものも含めて様々なフィードバックが入ることになります。その上でも、「ビジネスの成功」という目的に向かって進んでいくリーダーシップが重要となります。