マーケティングの存在意義とは? NECが実現させた並走分業と、 営業との真の組織連携【対談】 | MarketOne

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マーケティングの存在意義とは? NECが実現させた並走分業と、 営業との真の組織連携【対談】

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BtoB企業における営業とマーケティングの関係性を見てみると、いまだにそれぞれが得意分野で独走し、それぞれの目指すゴールのみにこだわりを持つサイロ型の機能構造を持つ企業が珍しくありません。しかしコロナ禍を機に、「SALをつくって営業に渡すまでの“マーケティング”から、営業とマーケティングが真にコラボレーションする“新しいマーケティング”へ」と大きな方向転換に踏み切ったのが日本電気株式会社(NEC)です。

今回は、IMC統括部 マーケティングシニアディレクターである東海林直子さんを訪ね、いままさに挑戦されている、“売上拡大”を見据え営業とマーケティングが並走していく新しい協業体制、そこに至るまでの大胆な意識改革について伺いました。

コロナ禍を追い風に、マーケティングが一気に最前線へ躍り出る

大橋:初めてお仕事でご一緒したのは2008年頃でしたね。当時、我々のクライアントは大多数が外資系IT企業。御社が日本企業のクライアント第一号だったので、よく覚えています。

東海林: 2008年と言えば、ちょうど当社でインサイドセールスに取り組み始めた頃で、当時はまだ「テレコール」と呼ばれていました。もともと、お客様へのコールなどは各営業部門で行っていたのですが、結局有益なデータベースとしては何も残らなかったことが課題としてありました。そこで、私たちが全社のマーケティング資産として集約することで、データベースを作り上げようと構想していたのを覚えています。

日本電気株式会社 IMC統括部 マーケティングシニアディレクター 東海林直子氏

大橋:その後、御社ではいくつかの転機を経て、営業とマーケティングの関係性がより理想的なものとなり、最近では数字でわかる成果も出ていると伺っています。現在地はどのようなところだと思われますか?

東海林:変化を促すために繰り返し上層部からメッセージを出していき、メンバー間でも頻繁に議論を交わし合っている最中といったところでしょうか。マーケティングとして、これまでいわゆる前行程である「SALをつくるところがゴール」だったところから、もちろん受注までは直接達成しないものの、「パイプラインとしてこれくらいの金額を積んでいこう」「それがどれくらいになったら目標売上になるのか」といった後行程を含めて見ていくようなコミットメント、KPIの立て方をしています。

大橋:変革のきっかけはなんだったのでしょうか。

東海林:やはりコロナ禍が契機だったと思います。それまではNECでは営業が地道に一歩ずつ顧客と対面コミュニケーションを取り、webなどに代表される非対面のコミュニケーションをマーケティングが担うという役割分担だったのですが、コロナ禍の影響で営業組織自身が非対面コミュニケーションに取り組む必要が生まれました。そこで「インサイドセールスでこんなに顧客の情報が聞けるんだ」という理解が広がり、マーケティングの活動は大変有効なんじゃないか、という反応に変わりました。

結果、CDP(カスタマー・データ・プラットフォーム)の重要性や、非対面コミュニケーション、それに伴う横串機能など、それまでマーケティングがやってきた活動に大きな注目が集まったのです。私たちマーケティングにとっては、急に「営業DX」という取り組みを営業と一緒にやらせていただけるようになったことで、ある意味追い風が吹いたように感じられています。

取捨選択することで結果を出す。広告出稿の中止という大きな決断

大橋:なるほど。正直ベースで言うと、従来は「インサイドセールスが顧客の声を聞いてくれたらあとは営業が全部やるんで!」みたいな、営業が主役だという気持ちや文化が、どこの会社でも強いんじゃないかと思いますが、そこが大きく変わったと。実際、変革はスムーズに進んだのでしょうか。

東海林:こちらも正直に言うと、全然スムーズではなかったんです(苦笑)。むしろまだまだ始まったばかり、道半ばです。当社では2021年まで、マーケティングはコーポレート部門として活動していました。それが大きく変化したのが2022年4月。DX事業を推進するビジネスユニットへ組織再編があり、ビジネス領域における徹底的な成果追求を求められるようになったんです。ビジネスユニットに移ってから、我々の価値観は一度根底から揺らぎました。

大橋:どのように、でしょうか?

東海林:それまではイベントで集客してより多くのリードを創出し、質の高いSALを生み出すことをミッションとして、精一杯尽力し、成果を出してきた自負がありました。ところがマーケティングがビジネス側に入ったことで、「そんなにお金を使ってSALをつくるだけなんて、古いマーケティングだよね」「そのお金で、営業を一人雇用すればいいのでは?」と上層部から本質的なコメントを受けました。コロナ禍で営業とマーケティングの壁が少し低くなったと思い込んでいたのですが、ビジネスを拡大する投資対象としてスケールする気配が感じられなかったんでしょうね。

マーケットワン・ジャパン合同会社 執行役 ビジネス開発管掌 大橋慶太

大橋:なるほど。商談や売上をつくるためにSALやリードをつくるのであって、それ自体が目的にはなりえない、と。どんなことを感じられましたか。

東海林:これまでグローバルスタンダードに沿った十分な仕組みも築いてきたし、市場や顧客のデータも十分持っていて、マーケティングとしては機能しているのにと……。正直そのときはかなりとまどいましたね、背水の陣でした。しかし、マーケティングとして結果を出さないわけにはいかない、これまでやってきたことの価値をさらに高めるチャンスだと。そこで、打ち手を考えました。

東海林:例えば、イベントにおいては、集客について事前に営業とすり合わせ、より「案件化につながる」セグメントにターゲットを絞り込みました。そこからの集客に関しては、マーケティングが蓄積してきたデータベースを元にイベント案内を行ったのみで、あとは営業による直接のアプローチのみに重点を置いて実行しました。また、これまでブランディング効果をみすえ、広範囲のステークホルダーに向けて行ってきた活動も最小限に留めることに決め、とにかく「売り上げをあげる」という上段の目的を最優先にしていきました。そして結果的に2022年、自社イベントにおける集客目的の広告出稿を取りやめることにしたのです。

大橋:それ以前の流れも含め、非常に大きな決断に感じられますが、御社にとってはその決断が、今のマーケティング部門および目指す目標を果たすうえで適切だと判断されたのですね?

東海林:上層部も含め、相当な覚悟でした。ただ、取捨選択をしなければ何かに集中することはできないじゃないですか。これまで当然のようにこなしてきたことを、反対意見も飲み込んで、まずは結果にこだわるために優先度をつけたということです。

前行程と後行程の垣根をなくすことで生まれた営業とマーケティングの“同級生”感

大橋:なるほど……。そのほかに、なにか変更点されたことはあったのでしょうか。

東海林:たとえばイベントひとつ取っても、「人がたくさん集まった、よかった!」「アンケート結果も上々でよかった!」で終わりというのが以前の状況でしたが、広範囲の顧客層にアプローチすることよりも、狭くとも深くアプローチする方向へと明確に舵を切りました。ただひとつ忘れてはいけないのは、変革に挑むためにはまずその先の「目標が変わること」が必要であって、そのあとに施策実行の基準が変わっていく、という順序だと思うんですよ。その例で言うと、私たちは、目標をSALやリードをつくるというよりも「売り上げをあげる」方向へ定め、マインドセットしたんです。

大橋:マインドを変えるというのはそう簡単なことではないですよね。周囲のメンバーを巻き込んでの変革となればなおさらです。

東海林:全然楽なことじゃないですね(苦笑)。ただ、これまでマーケティングで「1件受注した、やった!」と喜ぶメンバーはそれほど多くいませんでしたが、しっかり後工程までを追いかけるようになってからは、そうした嬉しい報告を受ける機会が増えてきました。そして営業サイドも、案件の進捗状況を積極的に共有してくれるようになりました。たとえばショールームでの商談においても、マーケティングと営業が一緒になってお客様とコミュニケーションをする中で、「今回は何を目的にした商談なのか、顧客の最終的なゴールはどこにあるのか」というように積極的に一緒に考えるようになりました。

それはやはり、互いに前工程・後工程と切り分けるところから、「自分ごと」になってきているからでしょうし、チームとして互いを認められるようになったことが大きいのだと思います。なにしろこれほどタフな状況で半年間過ごしてきたにもかかわらず、メンバーのエンゲージメントは2ポイントほどアップしたほどですから。

大橋:営業とマーケティングの関係性の変化を具体的にお聞かせいただけますか。

東海林:個人的な意見を正直にお話しすると、自分自身の中で、 マーケティングはもっと営業に好かれていると思っていたけれど実際には違った、と言う前提があります(笑)。よく営業とマーケティングの間の壁っていいますけど、壁どころか1ブロックは距離のある、あまり付き合いのない隣人というイメージでした。過去に遡ると、SALの進捗管理担当者が「サル隊長」なんて揶揄されていたこともあったくらいで(苦笑)

大橋:個人的に、よくわかります(笑)。

東海林:だけど、それは私たちの反省点でもあるんですよね。それまで、「マーケティングは自分たちだけにしかわからない専門的領域だ」っていう顔をして囲い込んでいた。「結局、あの人たちにしかできないんだよね」みたいな雰囲気をみずから振りまいて、まわりに壁をつくる。カタカナ言葉ばかりで会話をする。営業にSALを渡して「よろしくね」なんて態度ばかり取ってきたとするなら、それは本当に融合するわけがない、と感じます。そこが今、特に変わりつつあるポイントだと思っています。

大橋:「SALをつくるマーケティング」から現在の新しいマーケティングに変わったことで、隣人から同居人くらいにはバージョンアップしたのでしょうか?

東海林:そうですね……、ようやく同じ目標を追う仲間になってきた気がします。「マーケティングがなにか言ってきたから聞いてやろう」というところから、むしろ営業のほうから私たちにリクエストが出てきたり……。

たとえるなら、「同じ学校の理系と文系の生徒」というところまでは距離が近づいた気がしますね。だからこそ、マーケティングは自らのアイデンティティをさらに強化していく必要があると考えています。SALをつくるマーケティングのようにみずからの感覚だけで話すのではなく、よりデータドリブンに、共通の言語をもちいて会話をするといった気概を持たなくてはならない。

「深く入り込む」営業と「広く俯瞰する」マーケティングのコラボで、高い成果を生み出していく

大橋:なるほど、理想的な形だと感じます。BtoBの領域で言うと昔からマーケティングがきちんと機能していた企業が少ないのが実情です。マーケティングの機能と意義がきちんと営業組織に理解されていない状態でいきなり分業を試みようとしても、それぞれのプロセスと相互理解が確立されていないままでは、なかなか……。

東海林:英語にするとわかりやすいですが、「コラボレーション」という意味での協業にはならないですよね。協業というよりは前行程と後行程の分業「セパレート」のまま、ということになってしまうでしょう。結局、お互いの領域、責任範囲を理解していないまま営業プロセスとマーケティングプロセスを縦に切ると、まさにサイロ化したセパレート型分業になってしまう。そこを横につなげることによって、ポイント同士が連動していってコラボレーションが生まれるのかもしれません。

大橋:そう考えると、現在の御社は非常に建設的なコラボレーション=協業を確立される段階に入ったと言えそうですね。

東海林:先ほどもお話したとおり、マインドやゴール設定が変わったくらいで、もともと持っていたアセット、たとえば当社では80万人の会員を誇るビジネスポータル『wisdom』を運営していますが、こうしたものをより活用するようになった、というまだまだ小さなところだとは思います。ただ、日進月歩ともいえるこうした小さな変革を、決しておろそかに考えてはならないと信じています。

大橋:道半ばとのお言葉もありましたが、最後にこれからの挑戦や展望についてお聞かせいただけますか。

東海林:最近、営業からマーケティングに異動してくるメンバーが多くなってきたんです。営業の「深く入り込む」スキルと、マーケティングの「広く俯瞰」する能力が組み合わさり連動することで、製品開発のみならず、どのようなソリューション開発に投資すべきかといった経営判断にも有益な効果を期待することができます。そうした好循環が徐々に目に見えてきた現在、「面白そう、挑戦してみたい」と思ってくれる人が増えているのは喜ばしいことだと感じています。

それから上層部から言われた言葉ですが、「成果や集客目標、SAL数、受注数を、とにかくマーケティングだけで決定するな」と。営業と同じ目標を追って、その結果がどうだったか、という点に一緒に応えるものだ、と。自分ひとりで勝手に目標を立てて、自分の首を絞めてどうするんだ、と。そんなこともあり、現在は上層部が営業のトップともSALから成果までを握ってくれているんです。

大橋:もちろんプレッシャーはあるでしょうけれど、非常に心強い状況でもある、と。

東海林:そうですね。もちろん、変革のさなかはタフな挑戦が続きますが、我々が実現しようとしている「営業とマーケティングが並走していく分業=コラボレーション」は、いずれどの企業でも必要になってくるのではないでしょうか。先駆者としての挑戦はNECらしさの体現でもあるので、とどまることなく走り続けていきたいですね。

対談まとめ

100年を超える歴史を持つ別の企業でマーケティングを推進している方から、「新しいベンチャー企業でゼロからつくることも難しいが、長い歴史を持つ伝統企業において今までの文化、慣習を変えていくことは非常に難しい」というお話を伺ったことがあります。日本を代表するNECという企業において、マーケティングを根付かせるための苦労、奮闘は長い時間と膨大な労力を必要とするものです。一方で、従来は活用できていない膨大な隠れた資産を持っているのも、長く同じ領域のビジネスを手掛けてきた伝統企業の強みです。今回のNEC様の事例は、地道な現場の意識変革の積み重ねが、長く積み重ねてきた貴重な自社アセットの価値の最大化につながっている好例ではないでしょうか。

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プロフィール

東海林 直子
NEC入社後、通信ネットワーク系の代理店販売業務を担当しユーザーコミュニティを立ち上げ、その後、法人向けインターネットサービス(BIGLOBEビジネス)で新サービス企画 および 営業支援を担当。2004年からは市場リレーション推進部門にて メールマーケティングをベースとした 全社マーケティング活動を開始。現在は、IMC統括部でオウンドメディア、外部メディア、 リアルイベント等の様々なタッチポイントと MA、SFA、インサイドセールスを連動させた マーケティング施策実行を統括。(公財)日本アドバタイザーズ協会 理事、(一社)日本能率協会 評議員

大橋 慶太
マーケットワン・ジャパン合同会社 執行役 ビジネス開発管掌
BtoB企業のマーケティング・コンサルティングに15年以上従事。大手製造業向けに、マーケティングを軸にした新規事業探索、デジタルトランスフォーメーション等の戦略立案と実行支援のアドバイザリ役を務める一方、日本におけるマーケットワンの事業開発を管掌する。2023年より、日本アドバタイザーズ協会 デジタルマーケティング研究機構BtoBマーケティング委員長を務める。

Text:Aki Kuroda/Tomoko Hatano
Photo:Takumi Hatano
Edit : Tomoko Hatano