「ABM(Account Based Marketing)」は後述のITSMA社で2003年にそのコンセプトが紹介され、近年では世界中でホットトピックとなり続けています。日本でもここ数年で、多くの企業がABMに取り組み始めていますが、その一方で「なかなか成果につながらない」との声もよく聞かれます。
ABMが概念レベルでしか共有されておらず、施策上の実態をともなわないケースも多々見られ、それが要因の一つになっているといえます。
本稿では、そんなABMを進めるうえで前提となる、ABMの正しい考え方に加え、施策を始める前段階で必要な事柄についても解説します。
目次
そもそもABMは従来型のマーケティングとどう違う?
ABMのコンセプトを発案したITSMA社によると、その定義は「営業とマーケティングキャンペーンを、特定の顧客・見込み顧客・パートナー向けごとに高度にカスタマイズし、企画・実行する構造化されたアプローチ」とされています。
さらにBtoBシンクタンクであるシリウスディシジョンズは「定義化された戦略上重要な顧客をサポートするための、マーケターによる戦略的なアプローチ」と述べています。
このように、ABMの詳細な定義については各社で違いがあるものの、ABMのコアとなる考え方は「自社の取り組みの目的と顧客ニーズとを深く結びつけること」の結果として、「より良い施策の実行と収益成果に向けた戦略設計に反映させる取り組み」と言えます。
そもそも、従来型のマーケティングは広く見込み顧客の情報を獲得したうえで、メールやインサイドセールスの活動を通して、自社に興味のある顧客の「絞り込み」を行うのが一般的でした。そのため、マーケティングから営業には広い属性の見込み顧客情報が渡されることも多く、営業から見ると、獲得したリードが期待どおりでないことも多々見られます。
マーケティング視点でも、営業とすり合わせを行うと、「今すぐ案件化するようなリードが欲しい」と言われ、難しいかじ取りが求められるケースもあるでしょう。
しかし、ABMはマーケティングの初期段階でターゲットとなる企業の絞り込みを行い、選定された企業に対するアプローチを実行するため、その企業群からのリードであればズレが出ることが少なくなります。
その中で、各企業のキーマンから、意思決定の関与者(DMU)の接点を増やしていくことで、重点顧客に対して“面”での関係性強化を実現でき、売り上げの最大化を狙えます。
もともとの多数のリードから絞り込む”ファネル”の概念から、少数のリードから企業内のキーマンとの接点を増やしていく概念への「Flip the funnel(フリップ・ザ・ファネル)=ファネルをひっくり返す」とも言われています。
ABMに取り組むメリット
ABMに取り組めば、従来の「業界」や「ユースケース」に沿ったマーケティング・メッセージの発信から脱却し、各重点顧客の「アカウント」視点で施策を進められます。
さらに、ABMへの取り組みでは、事前にマーケティング・営業間で深い連携をとり、ターゲットに関する合意を形成することになるため、「アカウント情報の収集→アプローチ」の工程で、これまで以上に成果が出やすくなります。
前述のとおり、従来型のマーケティングでは、営業とリード (見込み顧客)の条件が合わず、創出したリードの「質」や「量」に対する期待値調整が営業側とできていないケースも散見されました。
マーケティングは、各製品やソリューション軸でキャンペーンを行う一方で、営業は「アカウント視点」でアプローチを行うのが一般的であるため、ミスマッチが起こってしまいます。ターゲット自体も広範に及ぶため、マーケティングメッセージングもどうしても汎用的になってしまい、各シナリオが重要顧客に必ずしも当てはまらなくなります。
それに対して、ABMは営業・マーケティングで合意をした重点顧客に対してアプローチをするため、その範疇においては“ズレ”が発生しづらいのが特徴です。「どんな製品を売るか」ではなく、「各顧客課題に対して自社のどの製品が刺さるか」という視点でアプローチ方法を検討するため、より顧客視点での施策が策定できます。
つまり、ABMに取り組む最大の恩恵は、製品軸の視点から、顧客ごとにカスタマイズしたシナリオを立てていくことにより、より顧客視点にたったアプローチが可能になる点にあると言えます。
ABMで成果が出やすい条件
しかし、ABMはあらゆるビジネスモデルにおいて、有効な手段というわけではありません。なぜABM(アカウントベースドマーケティング)は製造業と相性がよいのか?(2) – ABMの特徴と成立条件 –の記事でも解説したとおり、ABMが有効なのは以下のようなケースです。
- 自社売上分布が一部の会社に偏っている(パレートの構造)
- 自社サービス・製品の導入メリットや付加価値が、顧客側に明確にある
- 自社商材導入時の意思決定に複数のステークホルダーが絡んでいる
自社売上分布が一部の会社に偏っている構造は「一社に対して入り込みやすい構造」とも言えるため、同一業界ですでにABMの事例があれば横展開しやすいでしょう。
一方で、すべての企業に満遍なく売上が見込める企業では優先順位がつけづらくなります(「ロゴの獲得」のために業界トップを意図的に全社で狙う場合もありますが)。
さらに、自社サービス・製品の導入メリットや付加価値が、顧客側に明確にあるケースでは、カスタマイズした施策による売り上げ向上が大目的であるものの、その前提として関係性強化が重要になります。
明確なメリットの提示ができなければ、重点顧客との持続的な関係の構築が難しくなります。それを踏まえると、導入部門・ユーザー部門など関わるステークホルダーが多岐にわたる場合、メリットを提示するためにも営業単独で対応するよりも、マーケティングと役割分担をする方が効率的でしょう。
ABMの実施で失敗しやすいポイント
以上の要件を満たしたとしても、次のようなケースではABMが失敗につながる可能性が存在します。
- 営業から依頼の企業群に対してアポ取りなどのリード獲得施策”のみ”を行う
- 全てのターゲット企業に対して画一的なアプローチを行う
- マーケティング部門だけが行う取り組みである
上記を避けるためには、まず営業が注力するアカウントに加えて、中長期での「自社の成長」という観点から重要となりうる戦略顧客を、既存の取引の有無を問わず全社的に定義する。そのうえで定義された顧客に対して、トップのリーダーシップのもと、営業・マーケティングが協力しながら、顧客に関わる情報を集約しなければなりません。
最終的に、結集した顧客インサイトに基づき、仮説を立て、各企業群・企業ごとでカスタマイズした施策を行います。これらは従来のアプローチよりも1社あたりにかかる工数が多くかかるため、ターゲット企業の中でも優先順位を付けながら施策を行う必要があります。
ここまで見てわかるとおり、これらはマーケティング部門のみで完結するものではありません。
ボストンコンサルティンググループの記事でも、ABMがマーケティングだけの取り組みではなく、全社的な取り組みであることから、ABMを超えてABE(Account Based Engagement)へという趣旨を述べています((ボストン・コンサルティング・グループ「Moving Beyond ABM to Account-Based Engagement」https://www.bcg.com/ja-jp/publications/2020/from-abm-to-account-based-engagement))。
ABMを推進するためのフレームワーク
ABMを提唱したITSMA社は、ABM推進のためのフレームワークとして以下のピラミッド構造を定義しています。
最上位の「One to One」は少数のアカウントを選定するアプローチ方法です。トップ交流や複数部門との接点構築など、全方位での関係性強化を狙って、営業が作成する戦略書である「アカウントプラン」に基づいた活動を行います。
「One to Few」では、One to Oneほど取引規模や関係性が高くない会社に対して関係性強化を狙うため、アカウントプランに基づいた活動か、活動を通じたアカウントプラン作成を目指します。
「One to Many」の取り組みにおいては、現状の取引の有無を問わず、自社の親和性の高い企業群との接点構築や案件創出を狙うことが必要です。そのため、業界や売上規模など、企業特性からターゲティングを行い、アプローチ方法を策定しなければなりません。
ITSMA社のABMフレームワークのポイント
ITSMA社のフレームワークはすべてのターゲットアカウントを均等に扱えるわけではない点に留意が必要です。特に、One to Oneセグメントでは、営業だけではなくマーケティングもアカウントプランを深く理解したうえでのアプローチが求められます。
たとえば「トップ交流に向けた企画・実行」「複数部門攻略に向けた部門ごとのニーズ仮説構築」などが必要で、1企業に対する工数がかかるのが特徴です。
リソース配分を考えるうえでは優先順位付けが重要になり、One to One(=上位)に行くほど施策のカスタマイズ性が高まると言えます。
そのため、従来の「業界ごとに作成していたアプローチシナリオ」を”企業ごと”の粒度で考えなければならず、企業特性や文化、独自の意思決定プロセス、社内政治などを考慮しつつ施策を策定することになるため、必然的にカスタマイズ項目が多くなるのです。
下位の取り組みではカスタイマイズ性が薄まる代わりに、アプローチの効率性が問われます。1社あたりにかけられる工数が、One to Many(=下位)に行けば行くほど減ってしまうため、アプローチ方法だけでなく、営業・マーケティングプロセスでも最適化が必要です。
結局、ABMはどこから始めればいいのか?
ABMは「全社合意」「部門間の連携」がキーワードになるため、取り組みの初期段階で全社的な目標設定と関係者間の合意が取れているか否かが、成果を出す上でカギとなります。
具体的には、ABMを推進するためには以下のステップを踏みます。
- Step1:全社的ABMイニチアチブの発足
- Step2:ターゲットとなる重点顧客の選定と合意
- Step3:重点顧客の優先順位付け
Step1の全社的ABMイニチアチブの発足段階では、営業・マーケティングに加えて製品部門など幅広いステークホルダーが関わるため、担当間の調整のみで進めるのは困難となります。そのため、最低でも各部門の部門長、あるいは全範囲横断で責任を持つ事業オーナーのトップのコミットメントが必要です。
Step2となるターゲットとなる重点顧客の選定と合意では、営業・マーケティング協力のもと、自社が保有する情報収集を進め、ターゲット企業を選定します。その際、営業側が持つリストに加えて、マーケティングや事業観点で「市場視点で今後重要になる」顧客を包括的にノミネートしていきます。これは現状取引がなくても、同様の手法を採ります。
Step3の重点顧客の優先順位付けでは、ターゲット顧客の中でも、顧客の市場における重要性や自社の取引規模、既存の関係性などを考慮して優先順位を決めます。優先順位をつけるにあたっては、前述のITSMAのフレームワークを用いて考えると整理しやすいでしょう。
以上を踏まえたうえで、ABMの推進に必要な各部門の連携強化のためにはワークショップの実施が有効です。実際に欧米でもABMを進める最初のステップとして、ワークショップの開催を最初に取り入れるケースが多くなっています。
本記事にも最初に述べてあるとおり、ABMの概念自体がマーケティング内部ですら正確に把握されていなければ、営業部門に理解を求めることは難しいと言えます。まずは「ABMが自社のビジネスにおいてなぜ重要なのか」という戦略上の必要性を具体化することと、その納得感を部門を超えたメンバーが腹落ちすることが重要です。
そのうえではワークショップの形式などで、情報を共有し、ともに議論して作り上げる取り組みが有効となります。
ここまでのABMの情報をスライドでまとめた資料は、以下よりダウンロードいただけます。ぜひ社内で議論する際にご活用ください。