マーケティングオートメーション(MA)を使ったメールマーケティングの重要な分析指標は、「<前編>マーケティングオートメーション(MA)の活用で知っておきたいメルマガ配信における重要指標」の記事で解説しました。
メール配信における重要指標は以下の2つの側面で考えます。
①:メールが顧客に到達するまでの指標
②:メールが顧客に到達した後のアクションの指標
どれほど魅力的なコンテンツを作成し、メルマガで配信したとしても、顧客に到達しなければ、開封やCTAクリックといった②のアクションにつながりません。
ここで「メールの到達率に関わる要素」を分解すると「受信側に依存するもの」「送り手側でコントロールできるもの」に分けられます。
受信側に依存するものとしては、転職などでメールアドレスが無効になっていた。あるいは、受信者のメールボックス容量がいっぱいになっているなどが挙げられます。これらは送信側でコントロールできないものです。
一方で、送る側でコントロールできるものとしては、スパムフィルターの回避が挙げられます。
スパムフィルターにかけられてしまう要素の1つが「IPレピュテーション」です。IPレピュテーションとは、IPアドレスの評判・信用であり、これが下がると受信側であるインターネットサービスプロバイダー (ISP) からスパムと判断され、顧客に届かなくなってしまいます。
IPレピュテーションは最初から高いわけではなく、配信到達率が上がるごとに少しずつ改善されていくものです。そのため、MAの導入直後や移行のタイミングでは、キャンペーンの実施前に「IPウォーミング」を行わなければなりません。
本稿では、マーケットワン・ジャパンにおいてクライアントのメールマーケティングのコンサルティングを担当してきた筆者の知見を交え、IPアドレスの評価を高めていくプロセスである「IPウォーミング」の必要性や実施方法について解説します。
IPウォーミングとは?なぜ必要なのか?
IPウォーミングとは、高いIPレピュテーションを確立し、メール到達率を高めていくために、新規IPアドレスにおける配信量を段階的に増やしていく(ウォーミングアップしていく)プロセスです。
IPウォーミングの目的は、メールサーバに対する送信元IPレピュテーションを高め、スパム認定されるリスクを減らし、高い到達率を維持することにあります。
IPレピュテーションとは、メールが送信されるIPアドレスの健全性などの評判(レピュテーション)を評価し、メール配信時の通信を制限する仕組みです。IPアドレスは、MA導入直後や移行のタイミングで新しくなり、送信履歴がないため当然IPレピュテーションも低い状態です。
そのような状態のIPアドレスでメールを大量に配信すると、受信側メールサーバはスパムとみなしてブロックし、二度と受け取られなくなってしまいます。
このような事態を回避するために、段階的にメールの送信量を増やし、メールサーバに対する信頼性を構築する必要があるのです。
IPウォーミングにより、IPレピュテーションが引き上げられ、スパム扱いされないようになれば、長期的にはメール開封率やクリック率の向上といったエンゲージメントにもつながっていきます。
データベースのコンタクト総量にもよりますが、IPウォーミングでは段階的にメールを送る必要があるため、通常数週間から1か月にわたって行われます。
IPウォーミングが終わって十分なIPレピュテーションを確立するまで、通常のメールキャンペーンなどMAからの大量配信は実施できません。そのため、キャンペーンカレンダーの調整も必要になってくる点についても留意しましょう。
あらゆるケースでIPウォーミングが必要というわけではない
ただし、MAの導入や移行の直後であったとしても、あらゆるケースでIPウォーミングが必要なわけではありません。前提として、IPウォーミングの必要性は「Dedicated (専有) IPアドレス」と「Shared (共有) IPアドレス」で異なります。
Dedicated IPアドレスとは、その名のとおり1人の送信者固有のIPアドレスです。Shared IPアドレスは、複数の送信者が同一のIPアドレスを共有し、送信する場合を指します。
Dedicated IPアドレスは自社専有となるため、自社でIPレピュテーションや配信品質をコントロールできます。
対してShared IPアドレスは、IPアドレスを共にする他社企業の配信運用の影響を受けます。共有者がベストプラクティスに従ってメール配信をしていれば恩恵を受けられるものの、例えばバウンスバックしたコンタクトに配信を続けるなどIPレピュテーションを下げるような運用がされていれば、やがて自社の配信もブロックされてしまうなど、悪影響を受ける可能性があります。
Shared IP/ Dedicated IPを選ぶ基準の1つは「コンタクト総量」です。主なMAベンダーのAdobeやSalesforceは、月10万件の配信を閾値として、それを超えるならDedicated IP、それ未満の場合はShared IPを選択することを推奨しています。
Dedicated IPアドレスの場合、最初は送信履歴がないため“コールド”なIPアドレスとみなされ、多くのケースではメールサーバがスパム判定を受けます。
そのため、メールキャンペーンを開始する前に、まずはIPレピュテーションをウォーミングにより高めていく必要があります。
つまり、IPウォーミングは、Dedicated IPアドレスでキャンペーンを実施する際には、必ず実行しなければなりません。
一方Shared IPアドレスはすでにIPレピュテーションを得ているため、IPウォーミングは必要ありません。
新規IPアドレスを取得した際は、IPウォーミングの必要性について判断するためにも、まず契約内容や設定面を確認し、DedicatedまたはSharedのどちらを利用しているのかを確かめましょう。
IPウォーミングの実施手順
では、IPウォーミングはどのような手順で実施すればよいのでしょうか。筆者は、大きく分けて、下記の3ステップで実行しています。
- Step 1. 配信先コンタクトの調整
- Step 2. スケジュールの調整
- Step 3. メールの制作
- Step 4. モニタリング
以下より、各手順について詳細に解説します。
Step 1. 配信先コンタクトの調整
IPウォーミングでは、前提として「なるべく高い到達率が見込めるコンタクト」に配信していくことが重要です。その上では、古いリストからではなく、アクティブかつエンゲージメントが高いコンタクトを抜き出さなくてはなりません。
アクティブなコンタクトを選定する際には、まずは全体リストから「配信停止」「ハードバウンス」といった、配信してはならない状態のコンタクトを除外し、競合などの自社視点でメールを送りたくない配信先も除外します。
そうして抜き出したコンタクトのなかには、確実に届く有効なメールアドレスだけでなく「ダミーアドレス」「退職などで存在しない、あるいは古いリスト」など、到達可否が怪しいものも混在しています。
それを受けて、到達見込みの高いメールアドレスを選別するため、マーケットワンで実施している取り組みが「Ping test」です。
Ping testとは、ネットワーク診断ツールの1つで、メールアドレスに少量のデータパケットを送信し、メールサーバの接続や応答時間から、メールサーバがアクティブか否か、応答があるか否かを確認するプロセスです。Ping testを行えば、IPウォーミングで必要なアクティブアドレスの判別が可能です。
Ping testによってアクティブなアドレスを選別したら、その中で最もエンゲージメントが高いユーザから配信していきます。1か月以内にメールをオープン、あるいはクリックしたコンタクトから配信し始め、次はその範囲を6か月以内、1年以内と広げるのが一般的です。
Step 2. スケジュールの調整
IPウォーミングでは、初日は全コンタクトのうち1%に送り、(コンタクト総量にもよりますが)およそ1か月かけて全コンタクトに配信します。
引用:SendGrid’s Email Guide for IP Warm Up
ウォーミング中はバウンスや不達などのエラーを監査することになりますが、もし連日エラーの発生数やハードバウンスバック数が増えると、一度プログラムを止めて原因を究明しなければなりません。
そうなるとIPウォーミングの完了日が後ろ倒しになることから、全体スケジュールは1か月から1か月半は押さえておきましょう。
Step 3. メールの制作
IPウォーミングにおいて、IPレピュテーションを上げていく要素は、エンゲージメントの高さにあります。メールの開封・クリックは、レピュテーションにポジティブな影響を与えるため、いかにそれらの指標を上げていくメールを制作するかが重要となります。
IPウォーミングで用いるメールでは、1か月間実施することも考慮し、「イベント紹介」「期間限定のオファリング」といったタイムセンシティブな内容は避けなければなりません。
そのため、自社の紹介やサービスの紹介といった、普遍的な内容のメールを用いるのが一般的です。すでにMAを利用しているならば、過去の配信で最もコンバージョン率が高かったコンテンツを活用しましょう。
迷惑メールで頻発に見られるようなワードを使用すると、スパム認定を受けやすくなるため、できる限り使用を避けなければなりません。BtoBマーケティングではあまり見かけませんが、金銭的な利益を連想させるフェーズや過剰な約束をイメージさせる言葉は決して使用しないことが大切です。
Step 4. モニタリング
IPウォーミングの初期段階では、有効なかつ最もアクティブなコンタクトに絞り込んでメールを配信しても、不達のエラーは少なからず発生します。
まずエラーを出さないように入念に準備をすることはもちろん重要ですが、ウォーミングを開始した後も、欠かさずに毎日デリバラビリティレポートを確認し、エラーがあった場合は問題の特定から対処の意思決定まで行う必要があるのです。
IPウォーミングで頻繁に発生するエラーはやはりバウンスですので、バウンスバックのメッセージやエラーコードを確認して原因を特定していきましょう。バウンスバックのエラーコードが4.x.xの場合は一時的なエラーであるソフトバウンスであり、エラーコードが5.x.xの場合は永久的に受信できないハードバウンスです。
筆者の経験上、例えば5.x.xのエラーが発生する事例として、会社名の変更等によるドメインの変更や無効による可能性のものが多いです。重要なことは、エラーコードの中でも発生原因が異なるため、必ず原因を特定して対処法を考えることです。
おわりに
MAのメールキャンペーンで到達率を維持していく上では、IPウォーミングを行うことでIPレピュテーションを高めていかなければなりません。ただし、IPウォーミングにはエラーはつきものですので、連日注意深くモニタリングを行う必要があります。
エラーに対処しなければ、IPレピュテーションは向上せず、その先のキャンペーンでメールを大量配信したとしても、ほとんどが受信されずにエラーとして返ってきます。
つまり、IPウォーミングを行う際には、エラーによって後ろ倒しになることを踏まえて、全体スケジュールに余裕を持たせることが必要であるといえます。さらに、ウォーミング期間中はメールキャンペーンを実施できないため、他部門とも密に連携を取って調整することも重要です。
ウォーミング後は、IPレピュテーションを下げさせないために、定期的に配信リストの有効性を見直すとともに、ユーザにブロックされないように有益で上質なコンテンツの提供を心がけましょう。