【ストーリー】“がけっぷち”から始まった物語 ー 両利きの経営で未来を拓く東海理化の挑戦 | MarketOne

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【ストーリー】“がけっぷち”から始まった物語 ー 両利きの経営で未来を拓く東海理化の挑戦

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始まりは、「がけっぷち宣言」だった。技術進歩の波を受けて激変する自動車業界において、今も将来も安泰だと語れる企業などあるはずがない。株式会社東海理化(以下、東海理化)も例外ではなかった。「いま動かなければ先はない」という危機感から産声を上げたのが、マーケットインでの新規事業開発を担うニュービジネスマーケティング部(現・ニュービジネスセンター)だった。立ち上げから率いてきた伴岳彦氏と、組織拡大の担い手として参画した日比良介氏に、マーケットワン・ジャパン代表の山田 理英子がお話を伺った。

このままでは、未来を描けない

2010年代後半から、自動車業界は未曾有の激動に揺らぎ続けてきた。“CASE”(Connected・Autonomous・Shared & Services・Electric)の言葉が象徴するように、インターネットに接続して情報共有できる自動車は、人が運転しなくてもいい。わざわざ所有しなくてもいいし、充電すればガソリンを使わずとも走れる。価値も概念も根底からひっくり返るような、強烈な革新が続いているのだ。

たとえば、車内のあらゆる操作がディスプレイひとつで済んだら、物理的なスイッチ類は不要になる。その時、スイッチ類を主力製品とする企業は、一体どうなるだろうか? そうでなくとも、カーシェアリングやサブスクリプションが増えていけば、自動車の総量は確実に減少する。東海理化社内でも、従来の延長線だけでは未来を描き続けるのは難しいのではないかという雰囲気が、徐々に共有されつつあった。

両利きの経営に向けたがけっぷち宣言

伴 岳彦は、生産管理、出向先での海外営業、人事を経て事業企画……と、東海理化のなかでも幅広く、ある意味“異色”のキャリアを積んできた。

株式会社東海理化 ニュービジネスセンター センター長 伴 岳彦氏

「『このまま成り行きに任せたら会社がどうなるか、見える化してみてほしい』と依頼され、試算してみると、まさしくがけっぷちであることが明確になりました。既存事業の延長だけでは厳しい局面が待ち受けている。それを超えるためには、いわゆる両利きの経営が絶対に必要だと言える状況でした。そこで、既存事業の強化と新たな挑戦という2つの軸を掲げた『がけっぷち宣言』が全社に向けて出される流れになったんです」

シミュレーションを行ったのが2020年10月頃で、翌月には経営陣を集めた委員会が立ち上がった。火が付いたようなスピードで物事が動き出す。両利きの経営は、既存と新規、深化と探索の両輪でなくてはならない。深化側は各ビジネスセンターからエースが集い、役員とともに研修センターに缶詰めに。ひざを突き合わせて議論を戦わせ、強化していくテーマを決めた。

全社を巻き込み、挑戦の種を探せ

探索領域の新規事業についても、すぐさま動き出した。東海理化の75年の歴史には、当然ながら数々の新しい挑戦があった。ただ、業界の成長に合わせた戦略転換やリソース投下の代償として、新しいことに挑戦する文化が弱くなっていたことは否めない。社内に漂う「今さら新しいことなんて、どうやればいいの?」という空気感を打ち破るモメンタムとして、社内に大きな花火を打ち上げた。

「社内から新規事業のアイディアを公募しました。会社が本気で新しいことをやろうとしている。その姿勢を示して機運を高めるのが目的だったので、応募要件は『誰の、どんな課題を、どのように』の3つに絞り、極限まで公募のハードルを下げました」

社内報や工場の館内放送、社員食堂ジャック、社長の肉声動画配信と、あらゆる手立てを使い倒して社内に発信した。そして1か月間で寄せられたアイディア総数は、なんと1,900件。「集約作業は地獄だった」と伴は苦笑するが、膨大な提案を10種のテーマに振り分け、ここから新規事業の可能性を検証していくと明言したがけっぷち宣言を以て、怒涛の2020年が終わった。

なぜ「ニュー」で、なぜ「マーケティング」なのか?

年が明け、一息つくどころかスピード感はさらに加速していくこととなる。社長は「2021年になったら『ニュービジネスマーケティング部』を立ち上げる」と宣言し、伴はそのままその部長に任命された。

「当初は既存事業の第1営業部、第2営業部に加える形で『第3営業部』という名前も候補に挙がっていたそうですが、『これからは既存事業も自動車メーカーの期待に応えるだけでなく、自ら提案が出来るようにならないといけない。マーケットインで考えていかなくてはならない』という社長の想いが部署名に込められている。『この部署で確立したマーケットインの形を、会社全体に還流させてほしい』、とにかく社長の熱量に引き上げられました。マーケットインに拘る、マーケティングに拘る、しかも”新しい領域“に拘る、この想いに震えました。新規事業は、トップが及び腰になるとうまくいきません。でも社長には一切の迷いがなく、私も覚悟を決めました」

従来の常識を覆さなければ、新たな挑戦がうまくいくはずもない。市場に向き合い、市場の求めるものを世に送り出す。「社長は最初からマーケットインに本当にこだわっていた」と、伴は振り返る。なお、この思いは、「脱!今までの東海理化」という言葉に進化し、現在にまで引き継がれている。

既存事業の営業本部を母体にして集められた約20名のメンバー達。こうして、ニュービジネスマーケティング部が動き出した。

自分たちが主人公になれるビジネスを

 基本的に、メーカーの真髄は技術力にこそある。特に商流の川上にいるBtoBのメーカーでは、自らサービスを提供するのではなく、サービス提供する企業に自社の技術を採用してもらう提案が王道だ。しかし、この方法では自らの意思や努力で事業のスケールをコントロールできない。自社の成長を他社に依存せざるを得ないもどかしさが、くすぶることとなる。

「だったら自分たちで売りに行こうと、最初に立ち上げたのが社用車管理向けのDXサービス『Bqey(ビーキー)』です。モノではなく課題ありきで考えた最初のサービスで、そのヒントはまさに自社の社用車運用にありました。たとえば、守衛室でカギを管理するので直行直帰しづらい、誰かがうっかりカギを持ち帰ると翌日その車が使えない……など、常態化している不便の解決から着想したんです」

暗中模索で始めたコールドコールの先に

当然、売りに行くのも自分たちしかいない。ノウハウも経験も何もなかったが、部のメンバー全員でコールドコールから始めた。「最初はみんな手が震えていた」のも無理はない。

「コールドコールは、つながらなくて当たり前。つながったらつながったで、不慣れな電話商談で何を説明したらよいかわからない(苦笑)。無謀な試みでしたが、厳しい現実を突きつけられるからこそ、プロダクトの価値を言語化する必要性に気づけたんです。電話でサービスの魅力を伝えるにはスクリプトがいる。スクリプトを磨くには提供価値を整理しなければいけない……と。誰かに教わるのではなく実体験で得た気づきの重みは、非効率さを許容するだけの価値があります。今思い返しても、非常にプリミティブでしたけどね」

潜在顧客のニーズを直接聞けるのは、ドメインの解像度を上げる絶好の機会でもある。声を拾ってプロダクト改善に結び付けて、というように、開発機能を自社に持つメーカーならではの強みが活きてくる。

こうして、体当たりで始まったニュービジネスマーケティング部の1年目は過ぎていった。

責任と覚悟をもった挑戦

2022年、ニュービジネスマーケティング部から「ニュービジネスセンター」へ。いよいよPL責任を担うようになった。開発・マーケティング・営業が一体化した組織編成も特徴的だった。

「新規事業は、つくって売って改善してまた売って、という商売の基本サイクルをいかに速く回すかが肝になります。スピーディに動くために機能を集約しました。我々は、既存事業が1円単位の改善を積み重ねたお金を使わせてもらい、挑戦させてもらっているわけで、責任と覚悟をもってやらなければ、勝てるビジネスにはできません」

社内公募で寄せられたアイディアが実際のビジネスになり始めたのもこの頃だった。

「製造工程で発生するシートベルトの端材を、再活用してバッグや小物にアップサイクルするビジネスです。もともと自社製品のデザイナーだった社員が東奔西走し、『Think Scrap』というブランド名で、愛知県の縫製工場とタッグを組んで販売することになりました。サステナブルなモノづくりや社会貢献の文脈にとどまらず、しっかり事業として確立しています。技術力を高めることとビジネスを作ることは似て非なるもの。尖った技術でなくても、着眼と創意工夫と行動力で新しい事業を生み出しました。」

伸びるか、つぶれるか 正念場の時

次なる転機は、2023年に訪れた。思い描いた事業計画には及ばないものの、人員もサービス提供先も収益も着実に増加。いつのまにか、スタートアップの勢いで押し切れるフェーズは過ぎていた。

センター長就任が決まった伴が探していたのは「自分とはまったく違うタイプの人間」。違う視点、違う性格、違うキャリア。3年間で育んできた新規事業をさらにぐっと伸ばせるか、あるいは足場から崩れ去ってしまうのか、重要かつ微妙な分岐点に差し掛かっていたと感じていたからだ。率直に言うと、組織マネジメントの停滞という危機感が漂っていたと言う。

「既に150名近くの大所帯になっていたので、小集団を動かす能力と大企業の組織を統治する能力の両方を兼ね備えたバランスの良い人を求めていたんです。何カ月も面接を重ね、でもなかなかピンとこないなかで日比さんと出会い、即決しました」

喫緊の課題は効率化と仕組みづくり

それまでプロジェクトマネジメントを主軸にキャリアを築いてきた日比にとって、ニュービジネスセンターの第一印象は組織の大きさだったと振り返る。

株式会社東海理化 ニュービジネスマーケティング部 部長日比良介氏

日比「キャリア採用も多く、多様なバックグラウンドを持つ人が集まっている。これだけのリソースがあるなら、有機的に組み合わせればもっと効率的にビジネスを伸ばせるはずだと感じました。トップマネジメントと伴さんの熱量で駆け抜けた3年間を経て、組織で勝てるかたちにできなければ、この挑戦はたぶん終わる。仕組みや組織を整理してきちんと回る状態を作るのが、私のミッションです」

性格も思考も、まったくタイプの異なる伴と日比。大事な芯とベクトルだけは共有しつつ、事業のマネジメントにおいてはさまざまな部分で“あえての緩さ”を残しているという。

「新規事業はフェーズ管理しながら進めることが多いのですが、厳密な運用に当てはめると、ほとんどのテーマが消滅します。良し悪しがあるとは認識したうえで、フェーズ管理はあえてファジーにしているんです」

日比「たとえば、マーケティングは数字やデータを扱う知識やノウハウが重要なので、そこはきっちり運用できる基盤をつくりました。一方で、新しいサービスやプロダクトの開発には、メンバーや顧客の声を取り入れたり、時にはうまく誘導したりもして、状況に応じて都度判断しています」

伴走するパートナーと次なるステージへ

マーケットワンと出会ったのも、2024年のこと。拡大基調が踊り場に差し掛かり、事業をステージアップさせる突破口を探していた。

日比「マスマーケティングでリーチできる範囲はやりきった感があり、より規模の大きな企業、いわゆるラージエンタープライズの新規開拓がどうしても必要でした。手持ちの武器だけでは進められないのは明らかで、ABMに興味もあったものの実行するノウハウがない。そんな時に、マーケットワンさんがアプローチしてきてくれたんです」

自走するまでの伴走役というマーケットワンのスタンスは、組織や戦略の転換期を迎えていたニュービジネスセンターにマッチしていた。「さまざまなインプットからメンバーが育っていると実感する」と日比は言う。マーケットワン・ジャパン代表の山田理英子も、

「我々は常にお客様と『ともに』という考え方を大切にしているので、一緒に壁を超える戦友のようなリレーションを築けるのは、とても光栄です」と語った。

マーケットワン・ジャパン合同会社代表 山田理英子

「忌憚のないコミュニケーションができる仲間のような存在」という日比の言葉にも、東海理化にとってマーケットワンが絶妙な距離感で事業拡大を後押しする存在になれていることが伺えた。

日比「今後も、ディスカッションを交わしながら新しい気づきを得るサポートを期待しています。さらに一段高い景色を見るための歩みを、一緒に進んでほしいですね」

真の「両利きの経営」に向けて

がけっぷち宣言から5年を経て、この先ニュービジネスセンターはどこに向かって行くのだろうか?

「我々のミッションには、新規事業開発の挑戦はもちろん、そこで得た知見を既存事業に還流させることも含まれます。本業の競争力アップに貢献してこそ、真の意味での両利きの経営ですから」

長い歴史で培ってきた企業文化や大切すべきものは、今もこれからも変わらない。そのうえで、挑戦から生まれた新しいビジネスモデルや、事業の動かし方を本業に返していく。それが叶う頃には「“ニュー”が取れて、ビジネスとしてしっかり成立している状態を目指したい」と伴は語った。

日比「組織面で言えば、若いメンバーが多いからこそ、ニュービジネスセンターでさまざまな経験を積んでどんどん巣立って行ってほしい。既存事業でもリーダーを張れるような人材に育つ人が増え、本業で活躍してくれる未来をつくれたら最高です」がけっぷちから始まった新しい挑戦の道。これからも突き進みながら、未来を拓いていく。

プロフィール

株式会社東海理化
ニュービジネスセンター センター長
伴 岳彦
2005年に東海理化に入社。生産管理部門で勤務した後、トヨタ自動車に出向して海外営業を経験。出向から戻るとアメリカに渡り、工場での生産管理や北米事業の生産統括を担当。帰国して人事と事業企画を経て、ニュービジネスマーケティング部の立ち上げから携わり現在に至る。

株式会社東海理化
ニュービジネスマーケティング部 部長
日比 良介
NTT西日本で10年以上に渡り法人営業に携わった後、ノキアソリューションズ&ネットワークスで通信キャリア向け基地局建設のプロジェクトマネジメントを担当。アマゾンジャパンでは小売事業の在庫最適化や広告事業でマーケティングに従事し、2024年に東海理化に入社。

マーケットワン・ジャパン合同会社
代表
山田 理英子
2006年にMarketOne International Groupのアジア初拠点であるマーケットワン・ジャパンを設立。以来19年間代表を務め、日本市場向けのサービスと体制づくりに従事。2016年より、世界に8拠点をもつMarketOne International Groupの Senior Vice Presidentを兼任。

 

Text:Aki Kuroda
Photo:Shinsuke Yasui
Edit:Tomoko Hatano