モノづくりの最上流に位置する研究開発は、製品が生まれる重要な一歩目を担う一方で、市場や顧客からの距離が遠くなりやすい側面があります。最終的に製品を届ける相手のニーズや本音が研究開発の質を高めたり、ポジティブな気づきを得たりするのにつながることから、研究員にとってVoC(Voice of Customer)は貴重なヒントを知る手だてと言えるでしょう。

エラストマー素材事業や高機能材料事業などを展開する日本ゼオン株式会社では、2021年より研究開発初期段階におけるコンセプト検証の重要性に着目し、市場の課題や潜在顧客を含めた顧客の本音を取り込むための活動を行ってきました。マーケットワンも携わっているその活動について、総合開発センター 研究企画部 部長の杉山 学さんと、同部 戦略グループ長の武山 慶久さんにお話を伺いました。
研究組織にも映し出される「やってみよう」の文化
山田理英子(以下、山田):御社では研究開発部門において、モノづくりの前にコンセプト段階で市場や顧客のニーズを検証するVoCの取り組みをされていると伺いました。まず、研究開発体制や連携の仕組みから教えていただけますか?
杉山 学(以下、杉山):既存事業の新製品開発を行う総合開発センターと、新規事業の探索を担う創発推進センターという2つの研究組織があります。総合開発センターでは既存の事業に直結する製品を開発しているのに対し、創発推進センターは市場にフォーカスして新規事業の可能性を探る役割を担う組織です。我々の所属する研究企画部では、両方のセンターを見ています。

日本ゼオン株式会社 総合開発センター 研究企画部 部長 杉山学氏
山田:役割分担しつつも部門横断の連携のもと、研究員が自発的に意見やひらめきを出せる組織があるんですね。
武山 慶久(以下、武山):そうですね。日本ゼオンには、他社が真似できない独創的な技術によるモノづくりという思想が刷り込まれています。社長も名言していますが、「まずはやってみよう」という価値観が浸透しているので、何でも提案しやすい雰囲気がありますよ。
「モノを作るな」? VoC活動の本当の狙いとは何なのか
山田:VoC活動も、御社の社長がきっかけだったそうですね。
杉山:2021年頃までさかのぼりますが、社長が懇意にしていた海外のコンサルタントの提案について、研究所に打診があったのが始まりです。
山田:それは、何かしらの課題感があったからでしょうか?
杉山:我々はメーカーなので、モノを作って顧客に評価していただくのが基本的な進め方です。ところが、開発を進めた製品が完成間近で案件ごとなくなるケースが少なからず発生していました。「この進め方は果たして適切なのか?」という疑問符を抱いていたところに提示されたのが、「モノづくりに進む前に、初期段階のコンセプトを検証せよ」という提案でした。目からうろこでしたね。
武山:本当は何に困っているのか、何を解決したいと思っているのか。それが全くわからない状態でどんどん開発リソースをつぎこむことよりも、初期段階でクイックに判断してブラッシュアップしてくアプローチの方が効率的ですよね。開発期間の短縮という狙いもありました。
山田:それまで、作りこんでモノを届けていたのが一転、モノがない状態で顧客に何を届けるのか考える、と。
武山:モノありきでなく、本当の困り事や解決したい課題についてリアルな声を聞くという大きな転換でした。
放り出された外の世界で。研究員たちが得た価値ある気づき
杉山:1回目の活動で選出されたのは、研究所のメンバーのみです。見込みのあるテーマを選定し、その担当者がアサインされました。
武山:その時に参加した人たちは、非常に苦労したと聞いています。初期のコンセプトはあるとして、どこに持ち込めばよいか全然わからない状態でしたからね。既存の顧客とやり取りするのとはわけが違い、飛び込み営業と同じなので……。

日本ゼオン株式会社 総合開発センター 研究企画部 戦略グループ グループ長 博士(工学)武山慶久氏
山田:かなり歯ごたえのあるスタートですね。そこからどんな成果が得られたのでしょうか?
武山:参加者からは、顧客が求める価値の解像度が上がったと聞きました。当社では石化由来原料を利用しているのですが、カーボンニュートラルが取り沙汰されていた頃で、バイオマスに変更できたら顧客に喜ばれるのではないか?といった程度の仮説だったんです。研究員が自ら外に出て行き、顧客の声を聞くことで具体的な方向性が見えてきたのは、ひとつの成果だったのだと思います。
山田:手ごたえを得られると大義がクリアになりますよね。そこからVoC活動が一気に加速していく気運が生まれたり……。
杉山:……することはまだ、なかなかなくて(苦笑)。行動変容や継続を根づかせる大変さは、常々痛感しますね。ただ、1回目の挑戦をきっかけに、VoC活動の参加者全員を対象に、顧客視点で課題や解決策を考えるための研修を行ったりしています。でも、意義を理解するだけではまだまだ足りない。あくまでも研究員が主体的に動いて経験することが重要です。伴走しつつ、行動変容にたどり着くための働きかけを日々意識するようにしています。
メンバーを巻き込み、自走を目指すフェーズに突入
山田:あくまでも現場主義で、研究員主体の活動として自ら行動させるこだわりを徹底されているんですね。2回目以降の活動についてもお聞かせください。
武山:マーケットワンさんにサポートしていただいた2024年の活動が2回目で、そこには私自身もメンバーとして参加しました。体制面では、事業部の販売やマーケティングなど他部門を巻き込んだことが大きな変化ですね。製品を売るために顧客の声を聞くというより、将来顧客になるかもしれない人に話を聞きに行くイメージでした。翌2025年にも3回目と銘打って同じ活動を行いましたが、いつまでもコンサル頼りではなく自走していくため、研究企画部が運営をサポートしていくことになりました。
山田:先ほどから現場主義、実践重視というスタンスは伺ってきましたが、改めて運営を担う立場から重視していることは何ですか?

マーケットワン・ジャパン合同会社 代表 山田理英子
杉山:研究員の目線で言えば、研究やテーマとのマッチングを大切にしています。普段の活動と全然フィットしていないことを押し付けられたと感じさせたくないですから。この活動だけやっていれば良いわけでもないですし業務の負担も増えますから、テーマや人選をしっかり行い、会社にとっても本人にとっても意味があるというところに着地させるのが、我々の最も重要なミッションです。
武山: 2025年の活動では、社内表彰も行いました。VoC活動の中で、解像度の高いビジネスプランまで打ち出せたので、社内にも積極的に情報発信しています。
新たなVoCで得た必須要件(must have)とあると望ましい要件(nice to have)
山田:2024年に当社へお声がけいただいた際は、やはりツテのない潜在顧客に当たりに行く手立てを求められていたのでしょうか。
武山:そうですね。それは、現場のヒアリングから真っ先に出てきた声でした。どんな業界のどんな企業に当たればいいのかわからない、誰にアプローチしたらいいかわからない。つながりのない顧客のところに研究員が行ったとて、相手からすれば「何の話?」となりますし、赴く研究員からしても、仮説すら立てられないのが課題でした。手も足も出ない状況で、コンセプトや仮説を検証するための潜在顧客にリーチするプロフェッショナルとして、マーケットワンさんのお力を借りることになりました。
山田:実際にいかがでしたか?我々が取ってきたVoCは、リアルな声ではあったと思いますが……。
武山:その点で言えば、企業ごとの「must have」と「nice to have」の違いが捉えられましたし、やはり直接聞いていただけたからこそ得られる価値がありました。また、マーケットワンさんには、第三者としての中立性への期待もありました。メンバーが情報を取りに行くと、仮説の正しさを証明しようとして無意識に事実を曲げてしまうことが発生しがちです。御社の「顧客がこう述べています」という忌憚のない報告のおかげで、我々も適切なジャッジができますから。
山田:「仮説が正しいことが大事」、ではなく?
武山:VoC活動では、仮説が正しいことよりも、参加したメンバーにどんな学びをもたらしたのか、を重視しています。逆に言うと、学びがなければこの活動に意味はないとさえ思っています。
方向転換(ピボット)は当たり前 答え合わせしながら突き進め
山田:御社にとっては、VoCは仮説の〇✕を検証することが目的の活動ではない、ということですね。
武山:その通りです。参加したメンバーからも、「これまで接点がなかったものの、興味を持ってくれる顧客とつながれたことが一番の収穫だった」という声がありました。そのケースで言うと、我々の仮説では価値提供できないという結果でしたが、むしろこちらが想定していなかった分野への興味関心を示してくださり、新しい可能性を見出せたことが良かった、と。

武山:基本的に、研究開発は仮説検証を重ねながらピボットしていくものだと常日頃から伝えています。初期仮説に溺れるな、仮説はあくまで仮説なので違う可能性があればそちらに移ればよい、という思想のもと、このVoC活動が寄与していけるのが理想的です。
山田:現場の研究員の皆さんの受け止め方はいかがですか? これぞ、と思って惚れ込んだ仮説が正しくなかった事実を突きつけられる可能性もあるわけですよね。
武山:反応は千差万別ですが、「自分の研究こそ正しい、すごいんだ」と思っていた研究員はつらいと感じることもあるでしょうね。ただ、いつかは必ず答え合わせをする時が来るので、遅いか早いかだけの話。だったら、早めにわかった方が絶対に良いんですよ。
杉山:答え合わせがなければ、研究開発じゃなくて単なる趣味ですからね。
武山:自分の研究や仮説を信じる力は大事です。ただ、可能性がないならないで、どこかで線引きしなくてはいけません。その点でも、このVoC活動は非常に意義があります。自ら行動して、直接顧客の声を聞いて客観的に判断できる貴重な機会です。
「主語は誰か?」視点の転換が気づきのヒントに
山田:「顧客が言ったこと」という事実に、主観の意見が入り込む余地はないですもんね。
武山:そうなんです。ですから、御社につくっていただいた“アプローチ仮説設計書”自体にも私は価値を感じていて。研究員は主語が「自分」になりがちで、「顧客が」になりづらいんです。VoC活動や御社のサポートによって得た財産として、主語や視点の転換も非常に意義深いと思っています。
山田:「我々がモノを提供する」と見るか、「顧客がモノを受け取る」と見るか。

杉山:我々自身、モノやデータなしに価値を伝えたり、顧客の潜在的なニーズを引き出したりするスキルを持ち合わせておらず、「どうすればいいんだ?」という疑問や怖さはみんな感じているはずです。だから、モノやデータなど“見えるもの”を作りたがる、それを使ったコミュニケーションをしてしまう、主語が自分たちになってしまうのだろう、と。
一方で、潜在顧客にまで接点を広げるVoC活動によって、仮説の答え合わせをしてピボットのヒントを得たり、想定していなかった可能性に気づけたりした実感は、確実に研究員たちの視野を広げる好機になったはずです。跳ね返って、本業へのモチベーションが上がればうれしいですね。
3年先で目指す、顧客視点の発想と仮説検証の定着
山田:自走フェーズに入られた2025年を経て、2026年以降の展望と目指す未来についてもお聞かせください。
武山:マーケットワンさんには2026年もサポートいただき、研究員がライトに仮説検証機能を使える探索プログラムの構築とともに、研究テーマの選定基準も作りたいと考えています。2027~2028年度頃には、そのテーマに関して全体で取り組んでいく。かかわる人が増えるのでいろんな声も出てくるでしょう。会社として本当に価値ある可能性なのか、コンセプト検証から御社にサポートいただけるとありがたいです。
山田:我々は、皆さんの視界を広げるお手伝いをする立場でありたいと思っているので、ぜひそのご期待にお応えしていきたいと思います。
お話を伺っていると、あくまでも行動することに重きを置く姿勢が一貫されていて、ビジョンでもプランでもプロセスでもなく、とにかく皆さんに動いてもらう。それも、けっこうタフな状況に放り込む一方で、研修や表彰も含めてきっちり支援はされていますよね。現場での体験から学びや発想の転換を得てほしいという方針を強く感じました。

武山:初期段階でいろんな顧客から課題を聞き出し、当社の提供するものがソリューションとなりうるのかどうかを検証する。そこからコンセプトを磨き上げていく……、というアクションが当たり前に根づいている状態が、目指す理想です。研究テーマの管理システムを作っているのですが、たとえ仮説がはずれてペンディングになっても、いずれ状況が変わったときに復活できるかもしれないですしね。
すべては仮説に過ぎない。必要なのは探索を諦めない姿勢
山田:とにかく動くことで行動変容を促し、その人数を少しずつ増やしていった結果、気づいたらみんなが動いていた……、という未来を目指すイメージですね。
最後に、活動を進めていかれる中で大切にし続けたいこと、逆に変えていきたいことを、今後の展望としてお聞かせください。
杉山:2021年にVoC活動を始め、自走していける状態を目指してさまざまな試みを重ねてきました。ただ、それもあくまで仮説なんですよね。この先の数年で、その検証をしていかなければいけません。現場のメンバーに対して実践や仮説検証を呼びかけていますが、この活動自体も、きちんと仮説検証をしていきます。我々も研究員ですしね。日本ゼオンの研究開発として何が一番適しているスタイルなのか、確認しながら進めていきたいと考えています。
山田:マーケットワンなら何かヒントを持っているかも、と思っていただければ、当社としても本望です。本日は、徹底した現場主義、行動変容へのこだわりと、そこに垣間見える研究開発を支え、伸ばしていこうとするお二人の想いをお聞きできました。ありがとうございました。

プロフィール
日本ゼオン株式会社
総合開発センター 研究企画部 部長
杉山 学
学生時代、高分子科学を専攻し多様な素材を扱っていた日本ゼオンに入社。基盤技術研究所からエラストマー研究所で経験を積み、その後、研究企画部の前身となる研究管理部に移り、現職。
日本ゼオン株式会社
総合開発センター 研究企画部 戦略グループ グループ長 博士(工学)
武山 慶久
入社後、基礎技術研究所に配属。その後、新規事業開発の研究に携わった後にエラストマー研究所、CNT研究所を経て現職。
マーケットワン・ジャパン合同会社
代表
山田 理英子
2006年にMarketOne International Groupのアジア初拠点であるマーケットワン・ジャパンを設立。以来17年間代表を務め、日本市場向けのサービスと体制づくりに従事。2016年より、世界に8拠点をもつMarketOne International Groupの Senior Vice Presidentを兼任。