【対談】技術はあるのに事業にならない? その突破口は「WHO WE ARE」にある 同志社ビジネススクール 高広伯彦氏 | MarketOne

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【対談】技術はあるのに事業にならない? その突破口は「WHO WE ARE」にある 同志社ビジネススクール 高広伯彦氏

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技術はある。だが、事業にはならない。そんな壁に直面している企業は少なくありません。研究開発で生まれた技術を社会価値へとつなげるには、市場のニーズを探るだけでなく、「自社は何者なのか」という問いに立ち返る必要があります。いわば「WHO WE ARE」という視点です。

今回は、同志社大学ビジネススクール教授の高広伯彦氏へのインタビューを実施。ホライズンスキャニングや「R&D+D」の視点を手がかりに、技術マーケティングの考え方を、アカデミックかつ実践的な視点で紐解きます。

技術マーケティングに必要なのは、将来の時間軸を見る力

大橋:この対談では、「技術マーケティング」とは何か、それをいかに実務へ活かせるのかを伺いたいと思います。技術研究に携わる方々は、“技術そのもの”を生み出すことが目的になりがちです。しかし本来は、市場を切り拓き、用途を探索することがゴールだと考えます。その理解をどう促せばよいのでしょうか。

高広:R&Dで生み出された技術が、そのまま製品になるわけではありません。多くの企業が「その技術をどう利益に結びつけるか」で苦労しています。製造業ももちろん例外ではありません。

しかし、世の中のマーケティングの本の多くは、既存の製品をどう売るかという前提で書かれています。本来必要なのは顧客価値のためのマーケティングですが、世に溢れているBtoBや製造業向けのマーケティングの書籍や言説は、「セールス・マーケティング」ばかりで、”営業のほうを向いたマーケティング”になってしまっています。なので、当然のことながら、製品化の前段階も考慮にしたマーケティングを体系的に学ぶツールはまだ十分ではありません。

たとえばBtoCでよくあるような一般的な製品開発は、顧客の声を聞き、それをもとに製品をつくり、改善しながら市場に認知させていくプロセスをたどります。一方で技術の場合、それ自体は市場の声を聞く前に生まれていることが多い。つまり、一般的なマーケティングと技術のマーケティングはプロセスが本質的に異なるのです。

同志社大学ビジネススクール教授 高広伯彦氏 ********************************************

高広:私はビジネススクールの「技術マーケティング」の授業において、一般的なマーケティングの違いとして、”現在の顧客ニーズから始まらない”という前提で考えることを教えています。つまり、現在の市場だけでなく将来の時間軸を見たマーケティング思考が必要ということです。大前提として、BtoB市場における需要というのは「派生需要」と呼ばれる、他の企業の製品づくりにおいて発生するという理解が必要です。例えば半導体が売れるのは、スマートホンやPCなどが売れる市場が存在するからですよね。この「派生需要」という考え方に将来軸を加えると、自分たちの技術が将来どこの需要に使われるのか?を考えられるようになります。

例えば、2026年のCES(Consumer Electronics Show)でLG社が新しくロボットを発表したことが話題になりました。しかし技術マーケティングの視点で見ると、「ロボット」そのものではなく、その際に同時に発表された「LG Actuator AXIUM」という新しいブランドに目が行きます。もともとLG社は家電ブランドとして知られていますが、新しくBtoB領域へ展開を始めるためのブランドを立ち上げたわけです。

ロボット、フィジカルAIで活用されるアクチュエーターを製造販売するための新ブランドですが、この技術は突然生まれた技術ではありません。同社は長年、洗濯機で世界トップクラスのシェアを持ち、例えばダイレクトドライブインバーターなどはそうしたBtoC製品に用いられてきました。この技術を「将来市場の派生需要」である、ロボットのアクチュエーター部品として技術転換・発展をさせようとしているわけです。これなどは、自社の技術資産を新たな市場に当てはめた好例として、学びのあるケースとなるのではないかと考えます。

新時代のマーケッターとは、デザインの視点を携える者

大橋:その考え方は理解できますが、技術者や研究者の多くは技術そのものが好きで研究をしており、最終的な用途まで関心を持つことは少ないように感じます。

マーケットワン・ジャパン合同会社 執行役 ビジネス開発管掌 大橋慶太 *******************************

高広:そこは「研究者」という属性に限定して考えなくてもよいと思います。必要なのは「R&D+D」、R&Dという組織にリサーチ&デベロップメント、研究開発という機能だけではなくデザイン、企画機能を加える発想です。

「デザイン」とは、単にグラフィックをつくることではありません。社会課題に対して自社の技術がどう役立つか、どんな使い方ができるのかを構想することも含まれます。研究者だけが派生需要を考える必要はなく、社会実装を設計する機能を組織の中に持てばよいのです。

大橋:LG社のように、自社ブランドを売り込む機能を持たない企業も多いと感じますが……。

高広:日本の製造業は、カンバン方式、すなわち必要なものを必要なときに、必要なだけつくる方式を含む事業連鎖の中で固定化された“パーツ”として存在してきました。そのチェーンが今崩れつつある今、自分たちで新しいサプライチェーンやバリューチェーンを見つけてその中の一部になる必要があるでしょうね。

大橋:研究開発段階でマーケティングをするというより、企画段階でビジネス化する機能が必要になるということですね。それにはどんなキャリアの人が向いているのでしょうか。

高広:私は、従来型のマーケッターより、文化人類学者や社会学者の方が適していると思います。マーケティングは主に「顧客」を見ますが、社会学や人類学は「社会」という単位で物事を捉えるからです。技術の世界では、まだ存在しない市場への浸透を考えなければならない。だからこそ社会の動きを広い視点で捉えられる人や、デザインの視点を持つ人が重要になるのだと思います。

不確実性を前提に複数の未来を描く「ホライズンスキャニング」

高広:私は授業で「ホライズンスキャニング」という考え方を教えています。もともと大手外資のコンサルティングファームやイギリスのデザインファームが育ててきた思考プロセスをアレンジして行ってます。

この考え方は、未来の変化を時間軸で捉えるもので、3つの領域があります。ホライズン1は、比較的近い未来に高い確度で起こりそうなこと。ホライズン2は、少し先に起こり得る変化。ホライズン3は、遠い未来に起こる可能性のある変化です。このように時間軸を捉えることで、例えば将来への投資を考える際にその配分を、ホライズン1:2:3を、7:2:1程度にするのが望ましい、というように考えることができます。

不確実性が高いVUCAの時代に必要なのは、単一の未来予測を前提に計画をつくることではありません。複数の未来シナリオを想定し、その中で自分たちがどんなビジネスを展開できるのかを構想する力だと思いますから、こうした思考プロセスで市場を未来にまで見渡す人材・組織が必要でしょう。

大橋:シナリオがなければ派生需要も生まれにくいと思います。一方で、複数のシナリオの良し悪しをどう評価すればよいのでしょうか。

高広:まず考えるべきは、その市場に参入した場合、自社の資源や強みで戦えるかどうかです。市場規模が大きくても、自社の得意分野でなければ勝ち目はありません。

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高広:例えば、EVバスは今では一般的ですが、10年前は普及していませんでした。それでも技術がいずれ確立すると見ていた人はいたはずです。ホライズンスキャニングでは、技術がどの程度の時間で確立するかを複数の時間軸で捉え、普及のタイミングを見通します。

大橋:VUCAの時代では「必ず来る未来」を前提にしないという考え方ですね。

高広:そうです。現代のマーケティングや事業開発は、不確実性を前提に複数の未来を描き、どの未来がが現実になりつつあるのかを見極める姿勢が重要です。

大橋:先ほど、研究が先にあることが多いというお話がありましたが、企画段階から未来スキャニングを行えば、有望な研究テーマを生み出すことができるのではないでしょうか。

高広:そうですね。ただその場合、「マーケティング」という言葉では少し枠組みが狭いかもしれません。技術が開発され、初期ユーザーのフィードバックを通じて製品や技術が改良されていくユーザーとエコシステムを構築していくとか、ユーザーによる新たな使い方の発見のようなユーザーイノベーションという考え方もあります。これらを従来的なマーケティングという枠組みの中だけで捉えるのは、もう合わないようにも思います。

特許にとどまらない「WHO WE ARE」を問い続ける力

大橋:IPランドスケープでは、特許情報をもとにどこに投資するかを判断しますよね。一方、ホライズンスキャニングは、そもそもどんな未来を想定しているのかという問いから始まります。未来に対して自分たちの技術や製品をどこに当てはめ、投資するかを考えるということですね。

高広:そうです。重要なのは、IPも派生需要に応えるための資源のひとつにすぎないと考えられるかどうかです。IPをどう製品化するかという発想にとどまらず、自社の技術や信頼、ネットワークなどを含めた資源全体で捉える必要があります。例えば、LGの様に長年にわたりモーター技術を磨いてきた企業には、特許数だけでは測れない技術的信頼性があります。

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高広:技術マーケティングでまず問うべきは、「自分たちは何者なのか」です。何ができて、どんなネットワークや信頼を積み重ねてきたのか。「WHO I AM」「WHO WE ARE」という点が出発点です。それが曖昧なままでは、いくら未来マップを描いても自分たちの立ち位置は見えてきません。

大橋:ホライズン3の不確実な未来に投資するためには、自社の強みと未来シナリオの両方が重要になる。複数の未来を描きつつ、自分たちの技術を正しく理解して勝ち筋を見つける。この2軸で考えるということですね。

高広:これから生き残るのは、自分たちは何者で、何ができるのかを言語化できる企業だと思います。IPを多く持っていても、当たるものと当たらないものがある。特許だけでなく信頼も含めて、自社の資源を理解しているかどうかが重要なのです。

「いま」をつくるマーケティング、「未来」をつくる技術マーケティング

大橋:確かに、何のための特許なのかよくわからないケースもあります。自社単独では大きな事業化が難しく、オープンイノベーションで他社に活用してもらっても小規模で終わることもある。こうした特許を整理する方法はあるのでしょうか。

高広:ポイントは3つあります。1つ目は、その特許を事業としてデザインできる人材の有無。2つ目は、その特許が「いつ」活きるかを見極めること。3つ目は、知財として守るのか、それとも事業として収益化するのかスタンスを明確にすることです。

大橋:不確実性の高い時代では「どんな社会が来たときに、自分たちはどう在るか」を起点にする視点が重要なのですね。未来の可能性やインパクト、自分たちが勝てる勝率。この3つの観点で優先順を決める。

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大橋:さらに、バックキャストや未来投資の文脈でも、特定の未来に一点集中するのではなく、自分たちが勝てるシナリオをあらかじめ共有しておく。そのシナリオが現実になったときに価値を出せる技術ポートフォリオを整えておくということですね。

会社の「いま」をつくるのがマーケティングだとすれば、「将来」を作るのが技術マーケティングです。その精度を高めるためには、自社技術の強さだけでなく、未来シナリオを描く力が不可欠であり、顧客だけでなく社会全体を見る視点が求められるのだと思います。

高広:BtoBの技術は多くの場合、一般の目には触れません。しかし、そのパーツがなければ仕組みは成立しない重要な要素になっていることが多い。まずはその事実に誇りを持つことが大切だと思います。

未来思考とは、今すぐ使ってもらうことだけを考えるのではなく、数年後の社会でその技術がどう実装されるかを構想することです。万博のような場では、来場者は技術を意識しなくても、その技術によって実現された体験を味わっています。問うべきは、「誰に売るか」以上に、「世の中のどの重要なパーツになるか」。そのデザインこそが重要なのです。

大橋:技術を生み出すには、数多くの実験と試行錯誤が必要ですし、社会実装にも別の試行錯誤が求められます。よい製品をつくるために試行錯誤するのが研究開発で、社会をよりよくするために思考錯誤するのが技術マーケティング。そう整理できそうですね。

オープンイノベーションの前に、己が何者かを定義する

大橋:技術はしばしば、非財務資産と言われます。まだ十分に財務指標に反映されていない。だからこそ、自らその価値を評価し、投資家に説明することが、株価や企業価値の向上に直結するのではないかと思います。その価値を機関投資家に伝えることも重要ですね。「なぜこれをやるのか」という意図を打ち出すことで、組織も動きやすくなるはずです。

高広:例えばROIC(投下資本利益率)の中に研究開発を組み込む。ある機関の調べでは、ROICの高い上位企業ほど、研究開発投資に積極的だという結果も出てきています。つまり、売上に占める研究開発費が相対的に大きい企業では、研究開発投資が利益に結びついてるということですね。このあたりは他社に対する優位性を投資家に見せることができる、財務的なエビデンスになるのではないでしょうか。

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高広:一方で、「WHO WE ARE」が定義できていない象徴的な例には、オープンイノベーションがうまく行かないという、外の知見への過度な依存があるのではないかと考えています。ドアを開けていても、相手にとってもそこに入るだけの魅力がなければ誰も入ってきません。まずは自分たちが何を持ち、何ができるかを整理することが必要です。

イノベーションはオープンだけで起きるわけではありません。ユーザー起点のものもあれば社内発のものもある。外に答えを求める前に、自分たちの強みを見直すことが重要です。

大橋:オープンイノベーションも、ゴールが明確に共有されていれば機能しますが、「何をつくってもいい」という状態では成果は生まれにくいということですね。

高広:生成AIの仕組みに通じるものがありますね。生成AIはどんなプロンプトを与えるかで回答結果が大きく変わる。つまり、使う側の能力によって成果が左右されるツールなのです。オープンイノベーションも同じで、自分たちのスキルや資源を増やさなければ、適切な成果は得られません。結局は、「自分は何者か、何ができるのか」に戻るのです。

歴史的思考を身につけることで因果推論の力を鍛える

高広:技術が存在していても、それを駆使する能力がなければ価値にはなりません。技術はあってもデザインがないというのは、まさにその状態ですね。

大橋:では、社会実装を担うデザイナーのような存在を目指したい人は、今日から何をすべきでしょうか。

高広:最近おすすめしているのが、「歴史思考」を身につけることです。歴史思考とは、人物や事件といった「点」がどのような因果関係や背景によってつながっていったのかをストーリーで捉える考え方です。

大橋:なぜ過去なのでしょうか? デザインは未来を扱うものですよね。

高広:未来を構想するためには、「何がどのように起こったか」という複雑な因果関係を理解する力が必要です。その訓練として、歴史ほどすぐれた教材はありません。

大橋:出来事のつながりに思いを馳せる練習をすることが、今と未来を結ぶスキルになるということですね。

*************************** ふたり *****************************************

高広:そうです。これは因果推論の力を鍛えることにもなります。歴史は複雑な要素のつながりを理解する訓練に適したリベラルアーツの1つです。日本語の「武術」「格闘技」や「武技」をあらわすマーシャルアーツという言葉がありますが、あれはいわば「戦うための技術」。それにならえば、リベラルアーツとは「自由になるための技術」。思考の癖から自由になるためのトレーニングとして、歴史はとても有効だと思います。ぜひ実践してみることをお勧めしたいですね。

大橋:さっそく試してみたいと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。

対談まとめ

技術マーケティングが標準的なBtoBマーケティングと根本的に異なるのは、「現在の顧客ニーズから始まらない」という点にあります。一般的に今国内でBtoBマーケティングが既存製品を特定顧客に届けるという営業との連携に焦点が置かれてるのに対し、技術マーケティングはこれから形成される「派生需要」の行方を将来の時間軸で読む力を必要とします。

不確実な複数の未来シナリオを描きながら自社技術の活かしどころを構想する。一方で、確実な未来地図を描く事が難しい以上、「自分たちは何者か(WHO WE ARE)」という問いへの答えが曖昧なままでは、自社の立ち位置は定まりません。特許だけでなく技術的信頼やネットワークを含めた資源全体を把握し、未来シナリオと自社強みの2軸で考えることが、技術を社会価値へとつなぐ鍵となります。

会社の「いま」をつくるのがマーケティングだとすれば、「未来」をつくるのが技術マーケティングであり、そのために求められるのは顧客だけでなく社会全体を見渡す視点だという事を改めて理解できた対談でした。

プロフィール

高広 伯彦 同志社大学ビジネススクール教授
京都大学経営管理教育部経営科学専攻博士課程修了 博士(経営科学)
東京大学生産技術研究所デザインスクール修了
博報堂、電通にて、大手ブランドのマーケティングコミュニケーション企画やデジタルマーケティングの戦略立案に加え、自社の新規事業開発や合弁企業の設立に従事。Googleでは、広告製品のプロダクトマーケティング、セールスマーケティングを担当し、YouTubeの日本市場導入に携わる。その後、マーケティングおよび事業開発の支援会社を起業。加えて、BtoBデジタルマーケティング支援会社の創業や、米国系広告テクノロジー企業の日本市場代表にも携わる。またベンチャー企業投資他、日本のスタートアップ支援にも関わる。社会構想大学院大学の特任教授を経て現職。

大橋 慶太
マーケットワン・ジャパン合同会社 執行役 ビジネス開発管掌
BtoB企業のマーケティング・コンサルティングに15年以上従事。大手製造業向けに、マーケティングを軸にした新規事業探索、デジタルトランスフォーメーション等の戦略立案と実行支援のアドバイザリ役を務める一方、日本におけるマーケットワンの事業開発を管掌する。日本アドバタイザーズ協会 デジタルマーケティング研究機構BtoBマーケティング委員会の委員長。

Text:Tomoko Miyahara
Photo:Takuya Sakawaki
Edit:Tomoko Hatano