BtoBのビジネスでは、案件受注に向けて「BANT」条件がそろっていることが重要であるといわれます。
BANTとは、「Budget(予算)」「Authority(決裁権)」「Needs(ニーズ・需要)」「Time frame(導入時期)」の略称です。
BANTは営業の文脈で頻繁に使われる用語でもありますが、売上貢献が求められるマーケティングにおいても、「BANT全ての条件がそろった状態のリード(見込み顧客)が欲しい」と営業から依頼を受けるケースも多々あるでしょう。
もちろんBANTがすべて揃っている状態であれば望ましいのですが、現実問題として営業が望んだ状態で各要素が揃ったリードを獲得できる可能性はそう高くありません。
マーケティングとしては、営業側との期待値調整を適切に行わなければ、営業からは「マーケティングが良いリードを送ってくれない」と不満が漏れる結果となってしまいます。
本稿では、「では、BANTはどう活用すればいいのか」との観点から、マーケティングにおける活用方法についてより深掘りして論考します。
ビジネスごとで異なるBANTによる絞り込みの重要性
マーケティングの現場で、営業から「BANTが揃ったリード・案件が欲しい」と言われた経験は一度や二度ではないでしょう。
もちろん、マーケティングやインサイドセールスでリードナーチャリング・絞り込みを図るうえではBANTが揃っているのに越したことはありません。一方でビジネスモデルや商材によってはそれが難しい場合もあります。
たとえば、BtoBにおける素材・部品の製造業のケースなどでは、セールスサイクルが長く、5年~10年かかる場合もあることから、最初からBANTが揃った状態のリードを獲得できる可能性はかなり低いといえます。
さらに商材が複雑であったり、高単価であったりする場合、BANTを揃えることを重視すると、営業に渡すリードの数(MQL)が著しく減ってしまいます。
一方、低単価の商談であれば、よりクロージングが見込める可能性の高いリードを営業に渡すことが重要です。それは『BtoBメーカーにおけるプライシングとデマンドセンターの役割』の記事でも述べている通り、人件費のかかる営業が介在する工数をなるべく減らすことが必要であるためです。単に営業の効率性だけを考えるだけではなく、事業における全体最適の視点も重要になるのです。
BANTの要素を改めて整理する
ここで、BANTの各要素の情報を取得する際に、念頭においておくべき考え方について整理しましょう。
BtoBでは、そもそも予算がなければ商品を購入できないため、BANTのBudgetは購買上の大前提となります。言い換えると、BtoBマーケティングでおさえておきたいニーズ vs ウォンツ vs デマンドの違いで解説をした「デマンドをともなっている状態」と言えます。予算取得ができている状態であれば望ましいのですが、販売サイクルの長い製品では最初の段階から予算がつくことは少なく、顧客啓蒙などを通じた活動が必要です。
Authorityについては、プロジェクトの進行をする上でさまざまなフェーズで関わってきます。Authorityは3つのコンセプトで考えるBtoBマーケティングのペルソナ設計で解説した「DMU(Decision Making Unit)」で整理ができます。決裁権を持っている人とやり取りできるかどうかで案件の進行速度も異なってきます。
Authorityはわかっていればいるほど案件進行の観点からは役立ちますが、必然的にアカウント企業内の担当者に対し、色々な方面から根回しをしなければ多角的な提案ができなくなります。
また、トップダウンの会社と現場が強い会社で案件の進め方は異なるので、各企業に即したアプローチを検討する必要があります。根回しのためには、ユーザー部門や企画部門といった、色々な部門の人を味方につける必要があります。それらは人が介在する必要があるため、実際は営業の活動が重要となり、マーケティングがリードを獲得する初期段階ではAuthorityの優先度が下がる可能性もあり得ます。 この場合では、最初の窓口となる方から、いろんな部門の方を紹介いただき横展開をすることが必要となります。
マーケティングはニーズから始まる。これはBtoBマーケティングでおさえておきたいニーズ vs ウォンツ vs デマンドの違いで解説した内容です。
Needsによって提案すべき内容が変わるため、顧客の興味関心領域やどんな製品に興味があるか、マーケティングリードの段階でも明らかになっていることが重要です。
特に営業が複数商材を担っている場合、「どのような用途か」「どのような困りごとがあるか」というインサイトを初期段階で獲得できていることは重要です。それらの用途により提案商材が異なったり、場合によっては一緒に動く製品担当者のアサインが変わったりと初動が変わるためです。
一方で、1社に入り込むABMを行っている場合など、「その会社の人であれば、誰でもアプローチする」と営業からリクエストが来る場合もあります。その場合は、ニーズの有無に関わらず顧客接点を確保することが優先されるので優先度が下がる場合もあります。
Time frameは「何ヶ月後にこの製品を入れます」という所までわかっている状態が理想的です。例えば、パソコンなどの商材はリース期間が決まっていますので、「3年前に買い替えたから、そろそろ商談タイミングだ」とわかるでしょう。
ここで見落としがちなのが、“負け商談”の情報です。例えば5年に1回の入れ替えサイクルが一般的な商材であるならば、次のリプレイスのタイミングが浮かび上がってきます。それは、”負け商談リスト”が有望顧客リストになる瞬間ともいえます。
そのような顧客のインテリジェンスを蓄積していくためには、CRMシステムや、システムだけではなく包括的に情報を取得する仕組みであるデマンドセンターの構築が役立ちます。
マーケティングでコントロールしやすい条件・できない条件
ここでBANTの各要素を取得する際に自社でコントロールがしやすいか、否かで分解してみます。
するとマーケティング側で「コントロールしやすいAuthority」と「コントロールできないBudget・Time frame・Needs」にカテゴリーわけすることができます。
それはどういうことか、具体的に見ていきましょう。
アカウント企業の担当者に決裁権があるかどうかに関するAuthority情報は、自社でしっかりペルソナを定義していなければわかりません。しかし、その情報がきちんと定義されていれば、リード情報から推察しやすいといえます。
例えば、自社がIT商材を扱っている場合で、自社のDB内で「情報システム部の部門長」などの肩書きを持っている方がいる場合、決裁権の有無について概ね予測できるでしょう。また特に高役職者に関しては、人事異動情報が新聞等の公開情報として存在します。
もちろん企業における案件を進めるための「社内におけるパワーバランス」などは営業フェーズでないとわからない場合も多いですが、ターゲティングすることで、マーケティングと営業の乖離を最小にすることができます。
そのため「リード獲得施策」そのものよりも、むしろ前提となる基準のすりあわせが重要になるといえるでしょう。
また、人事異動や転職は早くても数年に一回の頻度が一般的なので、一度情報取得すると、その情報が大きく変わりづらい「静的な情報」であるともいえます。
一方で、BANTの他の3要素であるBudget・Time frame・Needsは顧客側の事情であるため、「実際に聞いてみないとわからない」ことがほとんどです。
Budgetに関しては年に一回の策定タイミングがありますので、その段階から入り込めれば、予算を作るところから案件に関われるため「予算の枠の中でいかに受注するか」という話になります。
これらのBudgetについて正確に把握するためには、その都度顧客側に確認を取るしかありません。例えば期初に予算を立てていても、顧客のビジネス環境によっては、予算削減が強いられ、期中に予算額が変動する場合もあります。
これは「プロジェクト納期に対して予算がつく」ため、Time frameに関しても同様のことが言えます。
Needsに関しては、顧客側も「何が自分たちのニーズなのか」について理解していないケースがあります。そのような潜在ニーズを顕在ニーズに昇華できない限りは、話を聞こうとしても聞けない可能性が懸念されます。そのため、仮設設計を前提にして顧客側のインサイトに切り込むアプローチが求められます。
その際には、営業からターゲット企業に関する情報提供を受ける必要もあるでしょう。BtoBにおける仮設設計については、同ブログ内のインサイドセールスの成功率を上げるための仮説構築とは?で解説していますので、あわせてご参照ください。
以上の理由から、Authority以外の3要素に関する情報を取得する際には、実際にアプローチをしてみないと分からないことが多いといえます。
また、Authorityが変動しづらい静的な情報である一方、これらは常に変動する動的な情報であるため定期的に情報をリフレッシュする必要があります。
マーケティングとして必要なことは、これらの状況をフォームレベルできちんと情報を取得する、インサイドセールスと連携して情報を取得する、そして何かあったときに問い合わせをしてもらえる状態にするために情報提供を継続する。これらが重要になります。
BANT情報の優先順位付け
ここまでの説明から、ビジネスによってはBANTをすべて同時にそろえることが難しいことが見て取れます。
リードの質をBANT条件がどこまでそろっているか、という軸で見る場合、その量と質は一般的に反比例する関係と言えます。リードの数をKPIにしているマーケティングは多く存在します。
一方でKPI達成に向けてリードの数を稼ぐために、リードの条件を緩くして営業に渡してしまい、文句を言われるケースが往々にしてあります。だからと言って、リードの条件を厳しくして絞り込みすぎると今度はリードの数が足りなくなり、その結果として営業のアクティビティが少なくなる事態も招いてしまいかねません。
ビジネスを拡大するためにこれらのバランスを見る必要があります。
マーケットワンがグローバルで過去に取り組んだ案件では、代理店に送客するリードに関して、条件を最適化することでリード(MQL)数をかなり絞り、リードの質を向上させた結果、ビジネス効率と実際の売上の両方が上がった事例もあります。
このように、闇雲にBANT情報すべてをそろえることだけを追い求めるのではなく、一度立ち止まってBANTの各4要素を分解し、情報取得の難易度や優先順位について検討する必要があります。
以前、「どの企業にも当てはまる「BtoBマーケティング」は存在しない」という記事を載せました。顧客環境や自社がおかれた状況に合わせて、マーケティングだけで検討するのではなく、営業などの関係部門と議論をしながら進めることが重要です。