どの企業にも当てはまる「BtoBマーケティング」は存在しない
“マーケティング”に求められる必要機能を集約させる「デマンドセンター」構築をする上で、自社にフィットする戦略を立てることが重要です。(参考記事)
その際に念頭におかなければならないことは、デマンドセンター構築の前提として、あらゆるビジネスとその状況に当てはまる、普遍的なBtoBマーケティング戦略は存在しないということです。
筆者自身、国内外の文献で「BtoBは〇〇をすればよい」との論調を頻繁に目にしますが、短絡的にすべてに当てはまる方法論が存在するかに関しては甚だ疑問であると考えています。
例えば、BtoCでは食品やドラッグストアで売られているような日用消費財を「Fast Moving Consumer Goods (FMCG) 」と呼びます。こういった製品は短期間で消費されますが、一方で同じBtoCでも「一生に一度の買い物」と言われる住宅の購入などは、ユーザーの意思決定までの時間も長くなります。
消費財としてのシャンプーと、マンションの購入を同じ感覚で買う人は世界中でも限られているのではないでしょうか。
商材の特性を考えず「同じもの」とみなしマーケティング戦略を立てることに問題があるのは一目瞭然ですが、ことBtoB領域においてはこのような論調が散見されるのです。
「BtoB」でも比較的短期間の購買サイクルであるオフィスのIT製品と、10年後のEV化を見すえた組み込み部品のマーケティングとでは、アプローチ方法が大きく変わってくるでしょう。
『ザ・モデルやデマンドセンター構築をそのままコピーして取り入れてみたけれど、なかなかうまくいかない』
こんな声がよく聞かれますが、必然と言えるのではないでしょうか。
戦略を組む上で考慮すべき要因は多岐に渡りますが、BtoBマーケティングの基盤となるデマンドセンター構築に向けて、特に重要となる「自社のビジネスモデル」「マーケティングの目的」「企業文化・風土」の三つの観点から解説していきたいと思います。
1. 自社のビジネスモデル
他部門との連携が求められるマーケティングが、単独で戦略を立てることはなく、経営戦略や事業戦略の「上位方針」と営業戦略の「現場方針」が戦略構築の起点となります。
その際、戦略を立てるために重要な要素が企業ごとの「ビジネスモデル」です。NRI社によると、ビジネスモデルとは「当該ビジネスが、誰に(Who)、何を(What)、どうやって(How)、付加価値を提供し、収益を得るのかが盛り込まれたビジネスの仕組み」と表現されています。
ビジネスモデルでは複数の要素が絡み合ってきますが、マーケティングは短中長期の売上貢献が求められるため、今回は「収益を得る」というポイントから見ていきたいと思います。
販売単価
まず注目すべきは「販売単価」です。それは単価によって、実施すべきマーケティングモデルが変わってくるためです。
売上に対する“費用”という点で考えると、マーケティングで一般的に想起されるのは「広告費」「イベント費用」でしょう。しかし、最も重要視するべきは従業員の人件費です。
自部門の予算管理上の責任範囲が、「社外へのキャッシュアウトのみ」であると、「内製化された人件費は”実質無料”」と偏った認識に傾いてしまいます。しかし、全体最適を考える上で一番重要なことは、人材の最適配置とそれにともなう生産性の向上です。
例えば、低単価の商材に対して営業担当者が商談を繰り返してしまうと、工数分だけ収益を圧迫してしまいます。(人材投資の観点のOJTであればよいと思いますが)
デマンドセンターにおいてはデジタルやインサイドセールスなどの各種機能における最適な設計が求められます。
上記のような低単価の商材では、Webで受注まで完結したり、「テレセールス」と言われる電話口での対応でクロージングまでしたりするといった、「なるべく人を絡ませない」仕組みが必要になります。
商談サイクル
ウェス・ブッシュ著『Product-Led-Growth (プロダクト・レッド・グロース) 』の中では「製品が製品を売る」戦略が紹介され、幅広い層へのリーチの可能性や短いセールスサイクルなどの利点について述べられています。
コロナ禍で流行した「Zoom」などがその筆頭格になります。アメリカでのIT製品 (SaaS製品) では、Web上で無料トライアルをうながし、そのままユーザーをクレジットカード決済に繋げる動線を敷くことで、営業工数を減らす取り組みがよくみられます。
しかし、BtoBの多くの場合では購入の意思決定者と実際の使用者が異なります。例えば、いま使用している会社のPCは、使用者である従業員個人が購入したものではなく、IT部門や総務部門が購入したものであることが大半でしょう。
使用者と意思決定者が別れるため、BtoBマーケティングの戦略構築では「商談サイクル」が長くなり得ることも踏まえておかなければなりません。
同ブログ内のペルソナ設計について述べた別の記事では、BtoBにおいては「DMU (Decision-Making Unit)」の概念があり、意思決定のプロセスが複数部門にわかれると説明しました。
そのため、営業が受注までの過程で、顧客企業内の部門間の調整に翻弄されることも往々にして存在します。それは、IT分野を中心とした調査・助言を行う米ガートナー社の調査において、「77%の購買者が自社での購買の意思決定は複雑である」と述べていることからもわかります。
複雑性の増す商品の場合は、オファーする製品自体も高度化される傾向があるため、必然的に価格帯も高価になるでしょう。その場合、営業自身で顧客を”ナーチャリング”しクロージングまで持って行く必要が出てくるため、商談サイクルが長くなります。
それでも、その労力に見合う受注金額が見込めるなら、営業側で工数をかける価値はあると言えます。(その分、失注したときの落胆も大きいのですが…)
米国を中心として、営業の分業化の側面もあるデマンドセンターがBtoBビジネスで浸透した理由の一つとして、高価な製品のクロージングを行うことができる、経験豊富で人件費の高い「クローザー(受注=クローズする)」と呼ばれる営業人員の存在があげられます。
商材特性上ナーチャリングは必要であるものの、人件費の高い人間に対して、すぐに目に見える効果が出るわけではないナーチャリングを担当させると費用対効果が合わない。そのため、インサイドセールス部隊を構築し、機が熟したタイミングでクローザーに案件を渡す分業制が取り入れられるようになったという背景があります。
LTV(ライフタイムバリュー)
販売単価、商談サイクルと同じく重要なのが「LTV (ライフタイムバリュー)」です。LTVは取引開始から取引終了までで、同一顧客でどの程度収益が得られるかを示した概念となります。
低単価ビジネスは営業側での工数がかけられないと解説しましたが、例えば取引の最初の入り口としての販売単価は少なくても、その会社の製品群の魅力が高く、営業スキルも高ければ、アップセル・クロスセルが可能です。その場合、最初の受注を起点として、何十倍もの収益をもたらすことができるでしょう。
ここでアップセル・クロスセルが非常に機能している、とある外資系のIT会社の例をあげてみたいと思います。ここでは新規顧客担当の営業チームにおけるKGIは、受注金額でなく”受注数”であると伺ったことがあります。それは、「口座」を開設したあとは、LTVを上げるための社内の仕組みが機能しているため、新規の営業部隊に求められる事は、たとえ受注金額が低くても「最初の一歩」となる口座を開設することが重要である、と繋がってきます。
我が国の事例に目を向けると、自動車業界では完成車メーカーに部品の製造販売をするTier1、Tier1に部品を卸すTier2と、ピラミッド型の構造になっています。
これらの部品メーカーでは、上位の販売先と共同開発や仕様のすり合わせを行いながら製品の納入をするため販売サイクルが長くなり、場合によっては10年単位の営業活動でやっと成果が出るということも珍しくありません。
しかし、最初は少量のサンプルの受注でも、量産にこぎつければその後、数年・数十年に渡って取引が続くでしょう。
これらの活動は「デザイン・イン」と呼ばれ、仕様が固まる前の開発の初期段階から入り込むことが不可欠になり、マーケティングではこれらを支える活動が主軸になってきます。
2. マーケティングの目的
マーケティングに求められる役割は各社ごとで異なり、多くのケースで曖昧であるということを前回記事では述べました。
まずマーケティングの役割が大きくわかれるのは、販売機能がメインである販売会社と、製品開発を求められるメーカーです。
販売会社は「モノを仕入れて販売する」商売の原理原則に基づいてビジネスを行なっています。そのため、マーケティングに求められるのは、営業支援的な見込み顧客の発掘やその効率化となります。あるいは、新たな市場の開拓や販路の拡張なども視野に入ってくるでしょう。
一方、製品開発の役割を担うメーカーでは、上記のような既存製品の拡販に加えて、新製品開発への貢献が期待されることが多くあります。
それは、BtoBマーケティングでおさえておきたいニーズ vs ウォンツ vs デマンドの違いの記事で「マーケティングの起点は顧客ニーズから始まる」と記載している通り、“マーケット”の冠がつく組織機能としての期待が高いからだと言えます。
マーケティングに求められる役割について、同ブログでもたびたび登場しているアンゾフのマトリクスに当てはめて考えてみましょう。
上図の内、「市場浸透」として既存製品において既存市場に入り込む際にマーケティングに求められる役割は営業支援の要素が強く、「効率化」「市場内の未開拓企業からの見込み顧客発掘」などを担います。
「市場開拓」の場合は、既存製品を新規市場に適応させていくことになります。
新規市場においても、既存市場と販売シナリオやノウハウが大きく変わらないのであれば、新市場に対する見込み顧客と大差ない場合も多いでしょう。
一方、事例の横展開ができない場合は、求められる顧客ニーズの獲得やシナリオ構築から取り組む必要があるため、その支援も求められる場合があります。
既存市場に新規製品を売り込んでいく「製品開発」においては、前述の通り製品開発に向けたニーズの獲得が求められるのが一般的です。その際、「事業化に至っていない製品」に対しては、研究所や新製品の開発部門が”マーケティング的な ”ミッションを持つことも多々見られます。
この領域では、すでに自社で知見がある領域で、キーマンの情報も多いことから、MA(マーケティングオートメーション)を活用し、効率的に情報収集をする事例も増えています。MAは「案件化に向けた見込み顧客発掘」のイメージが色濃いですが、本質的には「デジタルを活用して情報を届け、その反応を定量データで収集できること」であるため、このような活用もできるのです。
新製品を新市場に投下することを狙う「多角化」は、マーケティングが超えるべきハードルは最も高いと言えます。コンタクトもなければ、顧客ニーズもわからないため、マーケティングとしては市場調査から始まる場合がほとんどです。
この場合、大きい括りで見ると、場合によってはアライアンスやM&Aなどによる知見の獲得も視野に入ってきます。(そのような経営マターも“マーケティング“と言われることが多々あります)
3. 企業文化・風土
「マーケティング」というと戦略や仕組みが注目されがちですが、それらを実行するのは“人”であり、その人の集まりである企業の文化・風土も重要です。
デマンドセンター構築では、これまでの営業が担当していた領域に対して、デジタルマーケティングやインサイドセールスを組み込む必要が出てきます。
こうした取り組みは、欧米ではかつてから行われており、その流れを引く外資系企業においてはある種「当たり前」と言えるでしょう。
一方で、日系企業においての”BtoBマーケティング”や”デマンドセンター構築”に向けた取り組みは、ここ数年で“ようやく話題になってきた”状態であり、これから計画するフェーズの会社も多いのが実情です。
そのような日系企業でも、ベンチャー企業においては比較的スムーズに進みやすい傾向があります。
これはベンチャー企業がトップのリーダーシップで物事が進みやすいという側面に加え、これまでの既得権が少ないという事情もあると考えられます。
それに対し、日系の伝統的な大企業では営業の声が大きく、現状維持バイアスを起点とする「慣性」が働くため、今まであるものを大きく変えづらいというのが実情です。
瀧本哲史氏著『君に友だちはいらない』の中で、「天動説が消えて地動説が受け入れられた理由は、論理的な議論の結果ではなく、世代交代が起きて天動説を唱える人が死に絶えてしまったから」と記載されています。
このような価値観のパラダイムシフトは、年功序列・終身雇用型の人事制度を取っている多くの日本企業においては、発生しづらい環境であるといえるでしょう。
新しい取り組みを行うとき、一から作り上げることよりも今ある物を変えていくことの方が難しいケースは往々にして存在します。
加えて、社内で「分業型」モデルに移行する場合、マーケティング・インサイドセールス・営業など、職種ごとの専門性が重要になります。
外資系企業においては”ジョブ型”のキャリアパスが主流ですが、新卒一括採用から始まる「メンバーシップ型」である多くの伝統的な日本企業では、マーケティング変革のための取り組みに対する人事体系上のミスマッチが起きかねません。
必要な機能を集約するデマンドセンターでは、中長期的な視点に立つとこのような人事的な問題やメンバーのキャリアパスなど多くの課題が出てきます。
デマンドセンター構築では「原理・原則」が重要
今回はデマンドセンター構築にあたって着目するべき三大要素を解説しましたが、これだけでも成功要因は多岐に渡ることがご理解いただけたかと思います。
状況分析のフレームワークとして「顧客 (Customer)」「競合 (Competitor)」「自社 (Company)」の3C分析がありますが、分析結果の内容ごとにBtoBマーケティングで行うべき施策は変わってきます。
一義的にどの会社にでも当てはまるノウハウは限定的になるため、型通りの戦略・戦術に捉われるのではなく、自社に合った「原理・原則」をトライ&エラーで導き出すしかありません。
普遍的に整えられたフレームワークのような「原理・原則」は抽象度が高くなります。
一方で、わかりやすい”ノウハウ”は陳腐化しやすく、自社に合わない場合は全く機能しない場合もあります。
抽象度の高いものを具体化し、“自社にフィットさせる”取り組みがBtoBマーケティングには必要なのです。