目次
はじめに
既存の価値観やビジネスモデルが通用しないVUCA時代と言われる昨今、新たな製品開発のために市況を正確に捉える難易度はますます上昇しています。
マーケティング戦略を考える上で、マーケティングミックスと呼ばれる4Pのフレームワークが有名です。
4Pは「Product(製品)」「Price (価格)」「Place(流通)」「Promotion(販売促進)」の頭文字をとったものとなります。この中でもBtoBマーケティングにおけるデマンドジェネレーションにおいては、「フィールドマーケティング」と呼ばれる販促プログラムやその仕組みをメインとして議論されることが一般的です。
一方、同ブログではこれまでも「日本企業における“マーケティング”のミッション範囲が曖昧」である点について記載してきました。
現在の世界では変化が激しく、「企業変革力(ダイナミック・ケイパビリティ)」が重要であると経済産業省が発表している『ものづくり白書2021』の中で記載されています((経済産業省「2021年版ものづくり白書」))。
同資料によると、ダイナミック・ケイパビリティとは環境や状況が予測困難なほど激しく変化する中で、その変化に対応するために自己を変革していく能力です。
このような状況な中で、日本企業のマーケティングに求められていることが「変わりゆくマーケットへの適応」という広い視点でとらえた場合、4つのPすべてが親密に関わってくるため、しっかりと押さえておかなければなりません。中でも、Price(価格)についてはただちに売上に関わってくる要素のため、特に重要です。
今回はBtoBマーケティングにおける「価格設定(プライシング)」に対して、デマンドセンター構築がどのように貢献できるのかを論考していきたいと思います。
日本で商品価格をあげることは難しい
日本では、「失われた30年」とも言われるほどデフレ状況が長く続いてきました。
デフレ不況への対策は類をみることがなく、麻生太郎元財務相もデフレ対策は1930年代の高橋是清相までさかのぼると述べています((Bloomberg「麻生財務相:『高橋是清を模倣』、デフレ対策-数年以内に経済復活へ」))。
このようにデフレになれた状況下で価格改定をすることは、顧客離反が懸念されてしまう。そのため企業は値上げに踏み込めずにいると、経済学者の伊藤元重名誉教授は著書の『ビジネス・エコノミクス』で述べられています((伊藤元重「マネジメント・テキスト ビジネス・エコノミクス」日本経済新聞出版, 2021年9月))。
同ブログ内の「いま、日本企業にマーケティングが必要な理由」の記事でも述べましたが、足元ではインフレが進行している中でも、日本企業は販売価格への転嫁することに苦しんでいることが見て取れます。
単純に考えると「販売価格をあげることで、たとえ販売数が減っても、最終的に売上・利益が増えれば問題ない」とも言えるでしょう。近年ソフトウェアのサブスクリプション型のビジネスモデルが増え、継続のタイミングで値上げをする事例も多く、最近はその論調がより顕著になってきました。
しかし、BtoBのメーカーでは値段の転嫁に対し、慎重にならないといけない理由があります。それは販売数量が減る場合、それによる仕入れのスケールメリットの試算が変わり、原価に変動が起こる場合があります。加えて工場の稼働率が下がってしまうため、生産効率が大幅に下がることが懸念され、リソース(雇用)の確保にも影響が出ます。
このことから、値上げをする場合においても、極力販売数を落とさず工場を一定稼働させるという、難しいかじ取りが必要になるのです。
プライシングの方法
そもそも商品の価格とはどのように決まるのでしょうか。
コトラー著の『マーケティングマネジメント』には価格策定までには以下のステップが必要であると述べられています((Kotler「Keller Marketing Management Global Edition」, Pearson,2015年9月))。
- 価格設定の目的を決める
- 需要量を決める
- 自社コストシミュレーションをする
- 競合のコスト・価格・オファーの分析をする
- プライシングの方法を選択する
- 最終価格を決定する
筆者自身、過去にメーカーでグローバルマーケティングの実務をしていた経験がありますが、その際の価格決定の実務では同様のプロセスを踏んでいました。
詳細はマーケティングマネジメントに譲りますが、上記の5のステップに関してはアプローチ方法がいくつかあり、前回記事「いま、日本企業にマーケティングが必要な理由」でも記載したような「原価から市場価格を決定する方法(マークアップ・プライシング)」「“市場で受け入れられ得る価格”から逆算する方法(知覚価値価格設定)」などもその一例です。
一方で、いかなるアプローチをとっても、BtoBのたいていの事業体では「直販」と呼ばれる直接販売以外の商流では、自社からの卸値がそのまま顧客への提供価格になることはありません。
BtoBでは自社の販売会社や代理店が商流の間に入り、それらの会社に対し販管費やマージンがかかるためです(海外への出荷の場合はさらに関税などのコストも必要)。
詳細は割愛して表現していますが、プライシングの流れを図解すると下記のようなイメージとなります。
マークアップ・プライシングに関しては、エネルギーなどのコモディティが代表的で、原油価格の高騰を受けてガソリンが値上がりするといった事例などが挙げられます。
知覚価値価格設定(Perceived-Value Pricing)については、ラグジュアリーブランドがわかりやすいでしょう。例えば、高級ブランドバッグは原価に対して高い販売価格が設定されています。その価格の根拠は各種マージンに加えて、ブランド価格がプラスされているからです。
商材特性にもよりますが、BtoBでマーケティングを強化するメーカーの多くは「顧客にとっていいものを作り高値で売りたい」と考えていますので、自社のコスト視点から脱却したあとに目指すべきアプローチともいえます。
「市場で受け入れられる価格」をどのように実現するか
知覚価値価格設定においては、「市場で受け入れられる価格」を見定めることが重要になります。
前回の記事ではマーケティングマネジメントを引用し、「競合よりもよりユニークな価値を持ち、見込み顧客に示していくことがカギとなる。そのためには顧客の意思決定プロセスへの深い理解が必要である」と、その重要性を強調して述べました。
この考えを読み解くと、大きく二つ重要な側面があることがわかります。
- 競合よりもユニークな価値を持つ製品開発ができるか?
- 開発した製品に対して、顧客に受け入れられる価格を設定できるか?
競合よりもユニークな価値を持つ製品開発ができるか
前述のビジネス・エコノミクス内では価格を上げても需要がそれほど減らない状況を作ることが重要であり、そのポイントは「差別化」を作り出すことと述べられています。
同様に、投資家であるピーター・ティールも『Zero to One』の中で、永続的な価値を創造して取り込むためには差別化が重要であり、そのためには競争を抜け出して独占を勝ち取ることの重要性を語っています((Peter Thiel 「Zero to One」, Currency, 2014年9月))。
日本のメーカーの方と話をしていると「Seeds(シーズ)」の自社視点でものごとを考えてしまい、市況や顧客動向を加味できていないとの意見をよく伺います。
差別化は他社ありきで生まれるものですので、従来の製品開発以上に市場視点が重要になります。
ユニークな製品を開発するにあたっては、このような内容について検討しながら、需要と供給が一致する価格を見つけ出さなければなりません。
製品開発したものに対して、顧客に受け入れられる価格を設定できるか
「顧客に受け入れられる」価格を考えるにあたって、BtoBビジネスでは“市場価格”を取得することが難しいことがネックとなります。
BtoBにおいては、“カタログ定価”からのディスカウントも発生するため実際の市場価格の情報取得が難しくなっています。
そのアプローチの方法として自社の平均売価の推移を確認することがあります。ただしこれは「自社が案件獲得できた売上推移」と言えます。
そのため、「自社のシェアが大きく、既存顧客への影響を考慮して値段が下げられない中で、シェアの小さい競合が価格攻勢を仕掛けてきた」などの状況が発生したときには、市況が読み取れないケースがあります。
加えて、「受け入れられる」という点に関して言えば、既存品や関連製品が存在するなら問題は発生しづらいのですが、新コンセプトの製品であるなら値付けをするに当たってベンチマークの設定も重要になります。
プライシングにデマンドセンターが貢献できること
デマンドセンターについて述べたこちらの記事では、デマンドセンターとは、全社における「市場戦略を実行する仕組み」「顧客接点機能」を“セントライズ(集結)”させた組織機能であると述べました。
仕組みや機能を集結する際に、優先して揃えるべき要素は「情報」です。
プライシングにおいても同様に、顧客・自社のポートフォリオ・競合等の正確な“情報”をいかに素早く取得できるかかが重要となります。
「データを人間が意味付けするようにしたものが情報である」とは、デマンドジェネレーションの基本的な考え方の記事でも解説しましたが、その前提となるデジタルの形式でのデータの収集は大切です。
デマンドセンター構築において重要となる要素のひとつが「プラットフォームの整備」です。
そのためには、MAのマーケティングデータとSFAのセールスデータを、活用用途から逆算し設計していかなければなりません。
「デマンドセンター」の特性は案件創出の要素が色濃くなっていますが、案件創出のための情報が集約されているという点を踏まえると、顧客のインテリジェンスが集約されているともいえます。
デマンドセンターには、「顧客のニーズ情報」や「負け商談の失注理由」など、市場や競合視点の情報が蓄積されていくため活用しない手はありません。そのためにはマーケティング・営業などの顧客接点部門が自社のビジネス文脈を共有した上で、同じ目標に向かって歩んでいく必要があります。
筆者自身、「勝ち商談は営業の提案力、負け商談は自社の価格競合力」と耳にする機会がよくありますが、顧客から得られる一次情報をしっかりと蓄積しなければ、間違った意思決定につながりかねません。
マーケティングとしても、出来る限り「顧客」や「市場」の一次情報を会社全体で取得し、意思決定ができる“仕組みづくり”に貢献することが求められるのです。
■注釈