本記事は、2018年9月に開催されたビジネスフォーラム「製造業における最適なマーケティング設計」において、当社シニアディレクター 大橋慶太がグローバルマーケティングに関して講演した内容を抜粋したものとなります。
日々グローバル化が進み、ITが発展し続ける昨今、複数の海外拠点を持つ企業が自社成長をさらに加速させようと考えた場合、グローバルマーケティングへの着手が不可欠となります。
本社主導型グローバルマーケティングが実現していれば、「自社が何を目指しているか(=目標)」「今どこにいるか(=ロードマップ)」「何をすれば良いのか(=ゴールへの道筋)」について、本社と全支社で共有し、目標達成に向けて推進できるようになります。
マーケットワンでは米国ボストンに本社を置き、世界9か国に拠点を展開、グローバル30か国以上を対象にサービスを提供しています。創立以来、売上機能を創るデマンドセンター構築をサポートするために、コンサルティングと実行支援サポートをグローバルで提供しています。日本企業のグローバルマーケティング強化に際しては、日本拠点がガイドライン・ディレクションを執りながら、海外チームと協業してプロジェクトを進めます。
そこで本稿では、グローバルマーケティング強化に向けた「デマンドセンター」構築の支援を行うマーケットワンでの経験と知見をもとに、グローバルマーケティング推進において日本本社が担うべき役割とはなにか、成功させるための必要な機能やステップとはなにかを解説します。
グローバルマーケティング推進の3つのステージ
グローバルマーケティングの推進で本社主導型の形式をとるためには、まず体制の再設計を行わなければなりません。それにあたっては、本社が担うべき役割を明確化し、グローバルガバナンスを機能させる「マーケティングハブ機能」を構築することが重要です。
マーケティングハブとは、不足しているリソースについて各国支社の提供を受けながら、マーケティング変革を進めていくための中核機能となります。
加えて言えば、グローバルマーケティングの推進には「和魂洋才」の考え方も求められるでしょう。
グローバルマーケティングの実現には、本社のリソースだけでは乗り越えられないケースも多々あるため、社内外含めた人材などを柔軟に活用しつつ、自社にとって必要なマーケティングの目標を設定しなければなりません。そのため、本社の意思という「和魂」と外部の人材の活用という「洋才」を上手く組み合わせることがグローバルマーケティング推進の一つのカギになります。
グローバルマーケティングの実現までには「全体設計」「始動と展開」「継続改善」の3つのステージを経ることになります。
それぞれのステージで求められる取り組みについて解説します。
ステージ 1:全体設計
初めの全体設計のステージでは、グローバルマーケティングを推進・実現するためのプロジェクト設計を行い、プロジェクトの承認を獲得する段階となります。
グローバルマーケティングの推進では、プロジェクトを達成したらどのように経営に寄与できるのかという「to beの視点」と、それに対して現状を正しく捉えるための「as isの把握」が必要です。
これら“目指すべきto be”と“現在地のas is”をどのように、いつまでに埋めていくのかというプロジェクト設計を含めて「ロードマップ」と呼称するケースもあります。
この3つが揃ってはじめて、経営層から承認を得られる「意義が大きく、実効性のあるプロジェクトプラン」が実現するでしょう。
マーケットワンでも、「経営陣はマーケティングを分かっていない」との声をたびたび聞きますが、実態としてはマーケティングの推進が“どう経営に貢献できるのか”について明確化できていないケースも多々ある印象を受けます。
これを踏まえると、マーケティングがどう経営に寄与できるのかについて経営陣に説明できるかどうかが、このステージを成功させる重要な要素となると言えるでしょう。
ステージ 2:始動と展開
承認を得たプロジェクトを推進する始動と展開ステージで重要となるのが、各ステークホルダーからの合意を取り付けられるか否かです。 例えば、グローバルでのマーケティング推進ということを考えた場合、本社・各国の支社長などのあらゆるステークホルダーから「プロジェクトの意義」「投資するリソース」「目標設定」などに関して、合意を取り付けなければなりません。
実際には、営業部門の本部長や海外支社の支社長などのような、マーケティング推進プロジェクトの責任者よりも役職の高い関係者から承認を得る必要がでてくるでしょう。
ステージ1の全体設計の段階で経営陣にプロジェクトの重要性を理解してもらい、彼らのサポートを得ることで、ステークホルダーからの合意形成は比較的スムーズに取れるようになります。逆に言えば、まず上=経営陣を押さえておかなければ、どれほど実現可能なプロジェクトを設計しても、何のためにやるのか?本当に意味があるのか?などの横やりが入ってしまうというのが現実です。
ステージ 3:継続改善
最後の継続改善ステージでは、設計、始動したマーケティングプロジェクトを軌道に乗せ、必要であれば修正していく段階になります。
一方で、たいていの場合はプロジェクトの設計と実行は異なる部隊が担うことになるため、実行可能な設計を行い、かつ目標とする経営に寄与できるプロジェクトである必要があります。
しかし、実際問題としてプロジェクト設計には専門知識が必要なため外部のコンサルファームの力を借りると整ったプロジェクト設計はできるものの、社内のリソースだけでは実行することが難しいケースも往々にして存在します。反対に、社内のリソースだけで実行可能なプロジェクトを設計してしまうと、成果に結びつくプロジェクトは設計できないでしょう。
そのため、社内のリソースと社外のリソースを上手く組み合わせて、目標達成のためのプロジェクトを設計、実行する必要があります。専門知識、技能を外部に求める場合でも、プロジェクトの設計、実行を両方行えるパートナーを登用することが重要です。
本社部門としては、各国のプロジェクト進捗に応じてトレーニング、コンテンツ作成などのサポートを行うだけでなく、自社にとっての重要な地域でマーケティングのリソースが足りないと判断した場合などは、多くの部分を外部パートナーに委託してでもプロジェクトを継続改善していくことが求められます。
特に日本企業の場合は、給与体系的にマーケティングに精通した賃金の高いスペシャリストを直接雇用するのが難しい事情もあるため、外部のプロフェッショナル人材の活用は必須と言えるでしょう。
プロジェクト推進で求められる推進役の5つの素養
ここまではグローバルマーケティングの推進に必要な各ステージに関して説明しましたが、それぞれのステージで推進役に求められる素養が異なります。
例えば、本社部門が最新のデジタルマーケティングの知識、経験に乏しくても、実際にそれらが必要となるのは、プロジェクト開始後の実行のステージとなります。
マーケティングの施策の実行に関しては、それぞれの地域のマーケティングチームが実行するのであれば、マーケティングプロジェクトの設計から始動、展開までのステージで主導的な立場をとることが多い本社部門には、最新のデジタルマーケティングの知見は求められないケースも多いでしょう。
一方で、全体設計、始動と展開の中での主要な役割を果たせられれば、継続改善のステージにおいては専門知識を持った外部のパートナーを上手く活用しつつ、知識・経験不足の問題は解決可能です。
プロジェクトの推進役に求められる5つの素養に関して解説します。
売上創出型マーケティング
売上創出型マーケティングとは「マーケティングでグローバルに売り上げを伸ばしていく」という経営の思いを設計図に落とし込む能力です。
そのためには、一般的なマーケティング理論を、「“自社にとってのマーケティング”とはなにか」の視点から、費用対効果に見合い、収益増などにつながるレベルまで落とし込んだ自社のマーケティングを定義することが求められます。
各国の市場・商習慣・規制
グローバルマーケティングの推進では各国の市場・商習慣・規制に関して精通していることも必要です。
例えば、中国のことは中国チームに全て任せておくのではなく、日本の本社側でも中国のマーケティング事情、個人情報の保護規制などを理解し、「中国の事情はこうだから、独自の方法が必要」と、現地チームに起こりがちな状況に対応しなければなりません。
この問題を解決するために日本本社のマーケティング責任者が転籍して、その国のマーケティング事情に関する知見を深めた上で、陣頭指揮を執ってマーケティング推進を行うという対応も検討されます。日本の某自動車会社では日本地域のマーケティング責任者を北米地域の責任者へと異動し、陣頭指揮をとらせることによってマーケティングのテコ入れを図りました。
「グローカル」体制の構築
マーケティングプロジェクトを進めるためのグローバル体制の構築では「どこから支社に任せるのか」について、本社・支社のリソースのバランスを見ながら構築しなければなりません。
ステークホルダーからの合意形成が取れ、実行可能で、かつ成果を出せるプロジェクトを設計するための絶妙なバランス感覚が必要です。
マーケティングテクノロジー
前述の通り、マーケティングテクノロジーやデータに関する全般的な知識、実行能力については、本社サイドが持つことは必須ではありません。海外支社でデジタルマーケティングが進んでいるチームや、外部のパートナーの力を借りることで解決できるのであれば、別段問題はないでしょう。
社内外の推進・牽引力
プロジェクトを成功に導くための社内外の推進・牽引力について言えば、マーケティング部門だけではなく、営業部門、社外の販売パートナーまで巻き込んでいかなければなりません。
国内では直接販売の割合が高いが、海外ではパートナーに販売機能を委託している割合が高いなど、各国によって事情が異なります。そのため、いきなり大きくグローバル全体でプロジェクトを推進しようとするのではなく、先行する国を選んでスモールスタートでプロジェクトの成果を見せることで、プロジェクトの意義を社内外に浸透させ、段階的に関係者を増やしていく必要があります。
残念ながら、この素養に関しては外部に委ねることは難しいため、海外支社を含めて“適切な社内人材”をアサイン、あるいは登用することが現実的な解決策となります。
さいごに
グローバルのマーケティング推進は、容易に実現できるものではなく、かつ終わりがないものです。そのような困難な取り組みに対し、日本本社に求められるのはどんな困難があろうとプロジェクトを推進するための強い意志と実行能力となります。
リソースなどは“自前主義からの脱却”を目指して、社内外の人材も有効に活用することが成功の大きな要因となるでしょう。