企業経営の礎を固める マーケティングオペレーションズ とは?【対談】クラレ | MarketOne

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企業経営の礎を固める マーケティングオペレーションズ とは?【対談】クラレ

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マーケティングが定着していない企業の課題を伺う中で、マーケティングという機能を「経営事のひとつ」であると、マーケターが懸命に経営陣に訴え掛けているケースが少なくありません。しかし本来マーケティングとは、自社にとって重要な経営課題を解決する「機能そのもの」であり、経営にとって必要不可欠なものはずです。

株式会社クラレは、国内外で多様な事業を展開する大手化学メーカーであり、まさしく今、革新的な発想でもって経営とマーケティングを融合させるための挑戦を進めています。長きに渡るキャリアで外資・日本企業のマーケティングに携わられてきた経営企画室 室長補佐の中東孝夫氏に、経営陣と共に進める「分散と統合」の発想、そこに必要となる2種類のマーケティングという考え方を伺いました。

なぜ、経営企画室でマーケティングを考えるのか?

大橋:そもそも中東さんの所属は「経営企画室」なのですね。なぜ「マーケティング部」ではないのですか?

中東:実は、クラレには“マーケティング”と名の付く組織がすでに多数あります。化学メーカーですが、樹脂や化学品だけでなく繊維や活性炭、水処理用製品やシステムなど多くの事業部があり、さらには海外売上比率が約7割以上など、商材・顧客・地域が非常に幅広いのです。そんな当社において、理想的なマーケティング機能とはどうあるべきか? もう少し大きな目線で向き合うには、経営目線から突き詰めていかなければいけないと考えました。なので、経営に最も近い「経営企画室」にいるというわけです。

株式会社クラレ 経営企画室 室長補佐 中東 孝夫氏

大橋:それほどに事業も多く、事業間の違いも大きいと、全体を俯瞰して最適解を見出していくのも一苦労ですね。

中東:事業構造が複雑かつ多様なので、入社後1年くらいは現状の理解だけで手いっぱいでした。当初はCMO機能を置いて、統括的なマーケティング部をつくってやっていけばいいと考えていたんですが、段々とそれだけじゃダメだな、と考えるようになったんです。

大橋:それはなぜでしょう?

中東:たとえば、マーケティングというワードひとつを取っても、「リード獲得」と言う文脈で使う人もいれば「ブランディング」と言う人もいて、その目的はバラバラなのです。そのため「自分の事業部と他の事業部の目指しているものは全く違う」と言われることも多いのですが、実際にはそれぞれの事業部で、違いはあれども基本的に似たような活動をしていたりもする。そんな「分散と統合」の整理整頓が先決だと気づいたからです。

大橋:確かに、事業や地域によって違っていて問題ない部分もあれば、全体で揃えるべき部分もありますよね。

中東:まさしくそうです。なので、結局は「分散と統合」の両方が必要だという結論にたどりつきました。すべてが分散しているだけでは非効率ですが、強引にすべてを統合すればうまくいくかと言ったらそうでもない。どちらも必要なのです。具体的には、分散させ個別最適を求めるべきエリアがマーケティングキャンペーンを企画・実行する「フィールドマーケティング」。統合させ、全体最適を図るべきエリアが「マーケティングオペレーションズ」と言えます。私たちの事業や地域、顧客が異なる以上、販売促進などのキャンペーンは事業や地域に最適化された形で個別で行うべきでしょう。一方、ガバナンスやコンプライアンス、セキュリティ、教育や人材育成、アナリティクスなどはスケールメリットや企業におけるリスクヘッジの観点から統合に向かうべきだと考えています。

大橋:統合させるべき分野は、まさに経営陣にとっての関心ごとでもありますよね。企業経営におけるリスク管理や効率的な資源投下にも直結してくる活動ですから。とはいえ、分散と比べると、統合は「必要性は理解していてもなかなかできない、やりたがらない」という印象があります。

中東:現場任せではなかなか進みにくいエリアですよね。事業部は自部門の製品や顧客を向いているし、本社機能はサステナビリティやESG、ダイバーシティなど、昨今の社会的な動きに合わせて対応すべき課題が山積みで、日々進化しているマーケティング領域について、具体的な活動の棚卸と課題の把握は難しいです。物事を統合しようとすると必ず部門横断的な連携が必要ですが、そのためのリソースを充てる余裕も、ケーパビリティも不足するので、わかっていても優先順位を上げることが難しいのです。

“横串”の壁と製造業のジレンマに挑む

大橋:統合に近しい用語で「横串を刺す」もよく耳にしますが、そのわりに、うまく機能させられている企業はほとんどないのが実情だと感じています。部門の枠を超えて連携することは、なぜこんなに難しいんでしょうか?

マーケットワン・ジャパン合同会社 執行役 ビジネス開発管掌 大橋 慶太

中東:これは個人の経験からの意見なのですが、「横串」という用語や概念は、実は(横串よりも)従来の「縦串」がそのまま重要視されている会社で出てくる言葉なのです。例えば、業界別や顧客別のアカウントセールスが組織として成り立っている会社では、セールスが顧客のために横断的に連携を推進する役割を果たします。みんなが顧客のために協調することが当たり前で、わざわざ「顧客のための横串」という役割や言葉を作る必要が無いのです。

大橋:例えば「製品別の縦串」を会社の場合、極端に言うと5つの事業部があったら5つの事業部がそれぞれ同じ顧客に営業活動を行ってしまったりするんですよね。当然、顧客は困惑します。一見、事業部単位では顧客視点で向き合っているようでいて、俯瞰して見ると決して理想的とはいえない状態だったりします。

中東:顧客からすると、自社の課題解決さえしてくれれば相手企業の組織形態や連携方法、つまりは縦だろうが横だろうがなんて何だっていいんです。ところが、特に製造業の場合、装置産業であることが無視できない事情になります。顧客の課題を解決するためにモノをつくる・ソリューションを提案するという「マーケティング的には正しい発想」であっても、それを貫こうとすると短期的・現実的には在庫過多や生産効率低下によって、収益を圧迫するのが目に見えている。だからといってニーズ度外視で良いはずもなく、進もうにも退こうにも身動きが取れないというジレンマがあります。

大橋:本来の意味でマーケティングを突き詰めるなら、製品自体や売り方の手法だけでなく、各事業部の利害や売上責任も含めて経営にコミットしなくてはいけません。社内はもちろん社会の潮流にもアンテナを張り、トレンドを見極めながら最適な製造や販売方法を選択し、その説明責任も持つべきです。とはいえ、実際には設備投資や稼働率や事業部間の売上責任など、一筋縄ではいかない要因が数多くあり、できない理由・やらない理由にも合理的な正当性がある。挑もうにも、かなり難易度が高いですよね。

中東:できない理由・やらない理由が、従来のマーケターの視座では汲みきれないレベル感で存在している、と言えると思います。もはやプロダクトアウト思考では生き残れないことは、経営も現場も十分理解している。それでもプロダクトアウトにならざるを得ない実情を抱えながらマーケットインを求める……、という矛盾を、どうやって解決するのか。その矛盾を理解したうえで、お題目のようにマーケティング理論を振りかざすのではなく、対策を考え、実行するのが、これからのマーケティングに求められる役割なのだと考えています。

大橋:日本ではそれができるマーケターが非常に少ないので、経営者は経営の話しかできないし、マーケティングの人間はマーケティングの話しかできないという事になると、共通言語がない状況に陥ってしまいますよね。

マーケティングの課題を経営ゴトにする発想を

中東:今、私が挑戦しているのは経営課題の解決であり、クラレにとって重要な経営課題の一部を「マーケティングで解決する」という定義から始めようとしています。まずは、自らが定めた中期経営計画に沿って、社会の要請に応じた健全な状態をみんなでつくるところから始めましょう、と。そのために必要なのがまずはマーケティングオペレーションズであり、これは分散させず統合していくべきものだ、というお話を始めています。

中東:たとえば、きちんとルールを定めて社内での判断基準やプロセスを揃えていく。データをきれいに整備する。世界での規制法律の動向を追ってそれに応えられる仕組みをつくる。つまりはガバナンスやコンプライアンスです。これらを統一的に担うことで「マーケティングの活動は経営課題でもある」というロジックが経営陣にしっかりと理解されるようになると考えているからです。

大橋:一般的なマーケティングのイメージとは、発想が根本から違いますね。

中東:これまでの私も含め、多くの人にとってマーケティングのイメージはブランディングやリード獲得など、いわゆる「フィールドマーケティング」なのかもしれません。しかしこれは、企業としての足場をしっかり固めた後にやりましょうという考え方です。例えば、グローバルでどんなに華やかなキャンペーンを展開し、リードを集めたとしても、個人データの管理がずさんだったら、クラレの売上規模の場合、GDPR(General Data Protection Regulation:EU一般データ保護規則)に抵触し、当局から数百億円単位の制裁金が課されるリスクがあります。企業経営における重要度や優先度から考えると、まずはマーケティングオペレーションズをきちんと推進し、効率的に集約されている状態をつくることが先決なのは明らかです。

大橋:フィールドマーケティングの最適化やグローバル化は、多くの経営陣から見ると「nice to have(あるとよいもの)」であり、マーケティングオペレーションズの領域は「must have(なくてはならないもの)」なんですね。なかなか手をつけられないmust haveを推進するために、それをマーケティング機能が遂行すべき仕事と呼びましょう、と。

中東:そうです。従来のマーケティング領域から見ると、マーケティングオペレーションズは地味な裏口・傍流に見えるかもしれません。でも、経営側から見ると、是が非でもやらなければならない経営課題であり、真正面の正門・本流と言えます。

さらに、BtoBのマーケターにとっては、この経営視点の発想は必須だと思います。顧客企業に対して課題を把握し、解決するための価値提供をするとなれば、必ず顧客の経営課題にアプローチしなければいけません。自社の経営基盤が緩んでいても、また自社の経営課題も理解する能力が不足していても、顧客に対する価値提供なんてできませんから。

大橋:日本には、その視座や知見を持った人材が少ないのでなかなか理解されづらいですが、企業として求めるべき人材と機能は、実はマーケティングオペレーションズの方にこそあるのかもしれません。

中東:フィールドマーケティングの生産性やテクノロジースタックの構築・運用を考えるにしても、マーケティングオペレーションズの在り方と並行して考えていかなければ最適化は難しいと思います。分析のためのデータクレンジングひとつを取っても、土台となるシステムやプロセスを理解し、全体の最適化を行わなければ、期待する成果が得られない。そうならないための土台作りが重要です。とはいえ「フィールドマーケティングをやるために、マーケティングオペレーションズをやりましょう」と経営陣と会話してもなかなか理解は進まないので、「健全な企業経営のために、まずは土台を固めましょう」と僕は言っているんですね。

日本企業が求める経営とマーケティングの融合

大橋:やはりマーケティングオペレーションズは中東さんのように、経営企画室のような企業の中枢部門にいる人間が担うべきなんでしょうか。

中東:企業や組織によって担う部門は異なるかもしれませんが、個人的には、マーケティングの知識を持った人間が、より経営に近い場所に立って行うのが効率的だろうと思います。

マーケティングを取り巻く外部環境は、目まぐるしいスピードで変化します。GDPR然りCookie規制然り、SaaSやクラウドサービスの拡充然り、です。社外の最新動向を追いながら社内の整備をするとなると、専門性と機動力の両方が欠かせません。マーケティングオペレーションズが経営課題に直結するとはいえ、従来の経営企画の人間が本業と並行して新しくマーケティングの専門知識を身につけるのは負荷が非常に大きい。逆に、マーケターが経営企画の方に入り込み、経営としてのリスクを洗い出して解決まで進めていく方が早いし、コストも低いはずです。

大橋:なるほど。ただ、そういった動きができる経験豊富なマーケターって少ないのではないでしょうか。グローバル規模でマーケティングオペレーションを推進できているという日本企業は少数のため、マーケティングオペレーションズのプロは非常に少ない。一方、外資系企業の日本支社のマーケティングの役割はフィールドマーケティングです。つまり、外資企業の日本法人で働いているマーケターは、特定の顧客の特性に合わせたオーダーメイドの料理のプロではあるが、均質化や調達やレシピ開発のプロとは限らない。つまり、必然的に、外資系の出身のフィールドマーケティングのプロフェッショナルがどれだけ集っても、マーケティングオペレーションズに課題のある日本企業では、本当に解決すべき組織課題や経営課題は残り続けてしまうのでしょう。中東さん自身は、どんなふうにしてマーケティングオペレーションズの知見を身につけたんですか?

中東:すべての知識を持っているわけではありませんが、外資系企業のフィールドマーケティングを経験した後に、日本企業に転職し、今度はヘッドクォーター(本社側)で事業を統括する立場になりました。外資系時代はグローバル統合に抵抗して、できるだけ日本法人の自由度を維持することに心血を注いでいましたが(笑)。しかし、本社で求められる役割を体験したことで、いかにガバナンスやコンプライアンスが重要で、そのためにフィールドマーケティングで成果を生み出しつつ抜け道をつくらせないオペレーションが必要か、実体験することとなりました。統制する側・される側の両面を知っているのは大事ですね。外資時代「こうすれば抜け道があるな」と計算していた「過去の自分」を阻止する方法を、いまではいろいろと考えているような心持ちです(苦笑)。

大橋:抜け道を見つけ出すにしても、インフラや法律や組織の知識が必要なわけで、やっぱり「自分はフィールドマーケティングのスペシャリストなので、マーケティングオペレーションズの知識はいりません」という話にはならないと思いますね。むしろ、日本では母数が少ないからこそ、経営側の意を汲んで動けるマーケターのニーズは非常に大きい。マーケティングオペレーションズの観点で考えられるマーケターが増えていけば、日本企業のマーケティングそのものも変化していくんじゃないでしょうか。

中東:まさしくそうなって欲しいと考えています。大前提として、企業は社会・顧客・従業員に持続的な価値提供をできる存在であるべきで、そのためには、フィールドマーケティングだけでなくマーケティングオペレーションズの知見と基盤が必要になります。基盤がしっかり整えば、その先でフィールドマーケティングの可能性がおのずと広がっていく。日本企業のマーケティング全体が底上げされてほしいからこそ、「歴史ある製造業」という日本企業の強みでもある領域で、マーケティングオペレーションズの基盤構築を成功させたい。これが私の挑戦であり、やりがいにもなっています。

大橋:マーケティングオペレーションズの重要性については、経営を巻き込むマーケティングの難しさという多くの企業が感じる課題に直結する貴重なヒントになると思います。本日はありがとうございました。

対談のまとめ

「自社の経営陣はマーケティングをわかっていない」という言葉を耳にするたびに、「マーケターはどれだけ経営の事をわかっているのか」という問いを持ちます。経営とマーケティングの相互理解が進まないと、マーケティングが経営ゴトになっていく未来はつくれません。

今回の中東氏のお話からは、自身の専門性を活かせる得意領域にマーケッターが留まるのではなく、経営という領域にみずから飛び込んで行くことが重要だとわかります。なかでも真っ先に着手すべきは、今後多くの企業にとって大きな経営課題となる、ガバナンスやコンプライアンスという経営ゴトのど真ん中です。その課題を解決する方法こそがマーケティングオペレーションズの強化であり、「マーケティング=経営課題の解決=経営陣にとってジブンゴトにする」というリフレーミングによる、経営とマーケティングの融合策です。

マーケティングが経営からの歩み寄りを期待するだけはなく、経営・全社の課題解決に真っ向から飛び込み、経営にマーケティングを組み込んでいくという発想の転換は、まさにコロンブスの卵でした。

プロフィール

中東 孝夫
株式会社クラレ 経営企画室 室長補佐
消費財メーカーにてブランドマネジメントなどを手がけた後、外資系IT企業や大手通信会社でBtoBマーケターとして活動。 2001年からデマンドジェネレーション(案件創出)に携わる一方、ブランディング、インサイドセールス、顧客DB構築などBtoBでの幅広い経験を持つ。 スタートアップで執行役員 VP of Marketingを務め、公益社団法人 日本アドバタイザーズ協会 デジタルマーケティング研究機構 B2Bマーケティング委員にて設立時の委員長を務める。 2021年8月より株式会社クラレの経営企画室にて全社の様々な変革プロジェクトに関与する。

大橋 慶太
マーケットワン・ジャパン合同会社 執行役 ビジネス開発管掌
BtoB企業のマーケティング・コンサルティングに15年以上従事。大手製造業向けに、マーケティングを軸にした新規事業探索、デジタルトランスフォーメーション等の戦略立案と実行支援のアドバイザリ役を務める一方、日本におけるマーケットワンの事業開発を管掌する。日本アドバタイザーズ協会 デジタルマーケティング研究機構BtoBマーケティング委員会委員長

Text:Aki Kuroda
Photo:Takumi Hatano
Edit: Tomoko Hatano