グローバルマーケティングを推進する企業においては、本社と各国、各地域とのバランスをどのように取るのかというのは、常に難しい問題です。どんな項目を共通化・標準化して、何をしないのか? またそれは、グローバルマーケティングの推進のそれぞれの段階においてどのように変化するのか? 標準的なモデルが存在しないなか、マーケティングの知見、経験、技術の蓄積が少ない日本企業がグローバルマーケティングを進めていくうえで、どのようなことを考慮しておく必要があるのでしょうか。
今回は、MarketOne International社のPresidentであるエンリコ・ブロジオ(Enrico Brosio)が、パナソニック コネクト株式会社でマーケティングの変革に挑む、デザイン&マーケティング本部デジタルカスタマーエクスペリエンス エグゼクティブ・ダイレクターの関口昭如氏を訪ね、このテーマについて対談を行いました。
目次
グローバルで統一する項目とリージョンごとに差別化する項目を3軸で管理
Enrico:パナソニック コネクト社は、マーケティングオートメーション(MA)として国内ではMarketoを使用されていますね。ただ、これはグローバル全体で共通ではない。
関口:そうですね。弊社はグローバルに共通するところとリージョンによって分けるところを明確にしています。まず3つの考え方が軸になっています。一つ目が、グローバルで共通の「グローバル・コモンモデル」。二つ目がリージョンごとに割り振る「ディストリビューテッド・モデル」。そして三つ目がその中間としての「コラボレーション・モデル」です。MAに関しては、昨今の各国の個人情報保護の規制対応の為に、リージョンごとに分かれていますね。Webサイトも同様です。反対に、今完全にグローバルで共通としているものは製品情報などです。
Enrico:KPIに関してはどのように定めているのですか?
関口::ちょっと複雑なんですが、グローバルで共通の「コモンKPI 」と各国が独自に持っている「リージョン・ベースドKPI 」の二つを持って運用しています。そして弊社では、顧客の誰向けに、どんな手法を用いて、何を訴求するのかということを設計図=ブループリントに落としてから進めるという手法を各地域に広めています。
本社とリージョンの関係性は、事業規模の変化とともに移り変わるもの
Enrico:関口さんは5年半前にパナソニック コネクト社へ転職されて来られたそうですが、それ以前と以降でどのような変化がありましたか?
関口:入社当時は、各地域のビジネスユニットごとにプロセスやインフラストラクチャーが存在していました。それがこの5年の間に段階的にセントラライズ ができたと感じています。今の段階としては、リージョンごとにセントラライズされており、グローバルで優先順位が高いとされている項目を共通と定めています。 具体的には、先ほどのブループリントやプロダクトインフォメーション、コンテンツリポジトリーなどです。
Enrico:なるほど。会社の規模が小さければ、セントラルで管理するほうが正しいし、楽ですよね。ただ、会社が成長したり合併したりして、組織が複雑化・グローバル化していくにしたがって、リージョナルやハイブリッド型に変化していくのは自然なことだと感じます。私たちのクライアントの一つである、ヨーロッパの製造業の会社はまさにその流れを辿りました。
関口:具体的には、どのようなモデルなのですか?
Enrico:私の知っている、とあるグローバル製造業の例ですと、マーケティングチームが、とてもいいハイブリッドモデルを取っていて、ディビジョン・リージョンごとに最大限の自治を与えようとしています。一方、ガバナンスフレームワークは本社起点で提供しています。具体的には、予算・法規制・プラットフォーム・プランニングの設計図などですね。さらに、まだ成長途中のリージョンに関しては、スキルやリソースに関して本社にヘルプを出すことができるんです。つまり、本社の機能はルールの設定とコントロールだけではない。
関口:本社がガチガチに統制しているわけではなく。
Enrico:そうですね。たとえばブループリントはあくまで参考として存在しているだけで、必ずしもそれに則らなくてはいけないわけではない。ただ、成長途上のチームが間違った方向に進まないために、ブループリントをうまく利用しながら本社がサポートを提供して、成長を促している感じです。私たちマーケットワンとしては、本社側を支えながらサポートを提供したり、各リージョンがあまりに逸脱していないかを見守ったりする役割を担っています。
関口:とてもフレキシブルな、いい例ですね。
マーケティングに必要なのは、「How」思考よりも「To Whom」で考えること
関口 :Enricoさんの過去の経験などから、たとえば、ローカルから徐々にセントラライズしていく必要性があるときに、データモデルやキャンペーンなど、どういった領域から進めていく必要があるのかなど、どのようにお考えですか。
Enrico:グローバルマーケティングの推進方法は、各社さまざまだとは思います。ただ、共通して重要になってくるのが「データをいかにシンプルに共通化できるのか」。これが簡単なようで難しい。なぜかというと、「顧客」「パイプライン」といった同じ言葉を使っていても、リージョンによって言葉の定義がバラバラな事がほとんどだからです。まずは言葉の定義を共通化する、それから本当に共有すべきデータは何かを特定し定義する、といったことが必要な作業となると思います。
関口:言語の共通化は大事なことですよね。私は重要なのはツールではなくて全体のゴールを描いたブループリント的な考え方とそれをチームで共有できていることだと思っています。そのためには言語の共有が非常に重要だと考えています。日本のメーカーがやりがちなのが、「How」から始めることなんですよ。「どうやって実装するか」「どうやってプロモーションするか」。でも本当に重要なのは「誰に向けてプロモーションするのか」「だれに向けてこのメッセージを発信するのか」である「to whom」だと私は考えています 。
Enrico:おっしゃるとおりですね。
関口:まずは「to whom」とデータストラクチャーの共通理解を、各拠点で統一しておくことです。場合によってはツールを統一することでコストの最適化は図れるかもしれませんが、我々マーケティングという部署から言うと、どちらかというと利益を生み出すことのほうが重要ですよね。その意味では、まずはツールの話よりも考え方について議論することが優先だと思っています。
「顧客のメガネを掛けてみる」 カスタマー・エクスペリエンスの重要性
Enrico:関口さんの話を聞いていて、改めて顧客に素晴らしいカスタマー・エクスペリエンスを届けることに尽きるなと感じました。そこからしか、売り上げもパイプラインも上がらない。パフォーマンスが優れているリージョンを見てみると、だいたい顧客がきっちりセグメントされていて、適切なメッセージが投げかけられているんです。受け手のエクスペリエンスがしっかり設計されている。成果を出していないリージョンを見ると、どの顧客に向けても同じメッセージをただ送っているだけ。
関口:我々が大切にしているのも、まさにカスタマー・エクスペリエンスそのものです。もちろん「モノを売る」というセールス活動もあるんですが、マーケティングの役割って本来顧客価値起点でビジョンを構築することが重要ですから。私たちに必要なのは「顧客のメガネをかけてみること」でしょう。
Enrico:同感です。「正しい相手に・正しいタイミングで・正しいメッセージを送る」。しっかり顧客が、案件と自分との間に関連性を感じ取ってくれることが大切なのだと改めて感じました。本日は貴重な機会をありがとうございました。
まとめ
「地域の独自性、自主性」と「全体の統制」のバランスをどのように取っていくか、グローバルマーケティングを行う上で、各社が必ずぶつかる壁になります。今回の対談では、キャンペーンの実施などのフィールド・マーケティング領域と、情報管理体制、データの整備などのマーケティング・オペレーションズの領域、それぞれごとにバランスをつくることの重要性を確認することになりました。
Howではなく、To Whomを大切に共有する、そのためには共通言語をつくり浸透させる。一見シンプルながら、グローバルマーケティングの推進に向けた重要な基礎となる示唆でした。
プロフィール
関口 昭如 博士(工学)
パナソニック コネクト株式会社
マーケティング本部デジタルカスタマーエクスペリエンス エグゼクティブ ダイレクター
(兼)モバイルソリューションズ事業部マーケティング部長(兼) IT・デジタル本部 CX統括
総合電機メーカーに入社後、複数のBtoB事業製造業企業において、デジタルを中心とした、グローバルマーケティング、デマンドジェネレーション、カスタマーエクスペリエンスを牽引。2018年10月より同社にてマーケティング変革を断行中。また、国立大学院等の教育機関にて教鞭も執る。日本マーケティング協会 理事。
Enrico Brosio (エンリコ・ブロジオ)
MarketOne International社のPresident 兼 MarketOne Europe社のManaging Director
2002年にMarketOneに参画して以来、ロンドンを拠点とし、ヨーロッパ地域を中心とした事業運営に加えて、MarketOneグローバル全体の新事業開発をけん引。ABMを軸とする多国籍BtoBマーケティングの実践を得意分野とし、MarketOneのハイテク・製造系カスタマーに対するアドバイザリー役を務める。