新規事業を生み出すことは、多くの企業にとって重要なテーマです。一方で、「アイデアは生まれるものの事業化できない」「既存事業と同じ評価軸では、新規事業を正しく評価できない」といった課題もあります。
新規事業は「0→1」で生み出して終わりではありません。そこから事業として成立させ、スケールさせていく「1→10」には、0→1とは異なる人材や仕組み、そして「構造」を見極める視点が求められます。

今回は、新規事業を「0→1」「1→10」という段階に分け、それぞれに必要な考え方や、大企業だからこそできる新規事業の可能性について、ヤマハ発動機株式会社 経営戦略本部 新事業開発統括部長・舟生健太郎さんにお話を伺いました。
0→1より難しい「1→10」の役割
大橋:
舟生さんには今年、BtoBマーケティングフォーラムにご登壇いただきました。そのなかで、「日本企業の新規事業は、0→1よりもむしろ1→10が難しい」というお話が非常に印象的でした。
一般的には「大企業では0→1が難しい」と思われがちですが、実は新しい事業を生み出すこと自体は、ある程度型ができている。一方で、そこから本当にいいものを取り出し、事業として成立させてスケールさせることのほうが難しい、ということですよね。

ヤマハ発動機株式会社 経営戦略本部 新事業開発統括部長・舟生健太郎氏
舟生: そうですね。新規事業の「0→1の作り方」は、リーンスタートアップやエフェクチュエーションなど、ある程度の型が広まってきています。各社がそうした手法を取り入れていることもあって、0→1そのものは意外と作れるようになってきた。一方で、そこから本当にいいものを見極めて、事業として成立させ、スケールさせる。そのほうが難しいし、大事だとヤマハ発動機では考えています。
大橋: その考え方は、ヤマハ発動機の新規事業の仕組みにも表れていますよね。
舟生: はい。現在、私たちは8つの新規事業を手がけていますが、「0→1」と「1→10」を担う部門を分けています。
舟生:0→1の人たちは、新しいものを発想して、トライアンドエラーを繰り返す。一方、私たちが担当する1→10では、有望な事業を選び、KPIを定め、それを実現する体制をつくっていく。
つまり、1→10はどちらかというと通常の事業に近いマネジメントが必要になります。評価軸も人材も違うので、0→1と1→10を同じテーブルで評価しないことが重要だと思っています。
「お客様がいる」と「市場がある」は違うことを心得る
大橋: では、1→10で事業を止めないためには、何を見ることが重要なのでしょうか。
舟生:
まずは「お客様」です。ある程度商品ができている段階で、それをお見せしたときに、お客様がどのくらい乗ってくるのかを見る。「なくてもいいもの」なのか、「あったらいいね」なのか、それとも「何としてでも早く使いたい」と言われるものなのか。そこが一番大事だと思っています。
その次が「技術」。その技術にどのくらい差別化があるのか。既存プレーヤーが簡単には追随できない強みがあるのか。そしてもう一つが「儲かる構造」です。最初は赤字でもいい。でも、後でちゃんと儲かる仕組みが仕込まれているか。売上が立っても利益が薄かったり、品質問題が起きて一気に赤字になったりするケースもありますから、そこはきちんと見ていきます。
大橋: 私は「勝つべき市場」と「勝てる市場」という言い方をするんですが、技術的には勝てても、その市場自体が伸びなければ、事業としては難しいんですよね。

マーケットワン・ジャパン合同会社 執行役 ビジネス開発管掌 大橋慶太
舟生:
そうなんです。以前、私がある事業を担当していたときも、技術で勝てる領域を絞っていった結果、日本の狭小住宅がターゲットになったことがありました。ただ、既存事業と新規事業では、見るべきものが少し違うと思っています。既存事業では、勝てる領域で競争力を高めていくことが重要です。一方、新規事業では、その市場自体が将来広がっていくのかという視点も必要になります。
「この事業は50年もつのか?」「我慢していたら、その先で需要が増えるのか?」「マーケットとして広がるのか?」を考える必要がある。日本を市場としたとき、人口が減少している中で住宅の数が大きく増えるわけではない。だったら、その技術を別のところに転用できないかと考える。つまり、目の前で勝てるかだけではなく、その先に市場が広がる可能性があるかまで考える。それが、新規事業では大切だと思っています。
大橋: まさに、「お客様がいる」と「市場がある」は違うということですね。
舟生:
はい。目の前のお客様の課題を解決すること自体は大切ですが、それが「その会社だけの特殊事情」ではないかを見なくてはいけない。大企業の新規事業なら、個社の課題ではなく、業界の構造的な課題を見ていく必要があります。
1社のお客様から「ぜひ買いたい」と言われたら、もちろんうれしい。でも、そのお客様が「もう結構です」と言った瞬間に事業が終わってしまうのであれば、安定した事業とは言えません。
大橋: 1社向けに作り込んだものを「パッケージ化しました」と言っても、それを買う会社がほかに何社あるのか、ということですよね。
舟生: そうです。だから、一社に深く入り込みながらも、その課題が横展開できるものかは最初から意識しておく必要があります。
目に見える数字ではなく、事業の「構造」を見る
舟生: もう一つ大事なのは、「案件が増えるほど儲かる構造」になっているかどうかです。売上が増えているだけでは十分ではありません。売上を増やすために経費も増えてしまうのであれば、事業としての構造はよくなっていない。

舟生:新規事業の経営会議で本当に見るべきなのは、「計画どおり進んでいるか」だけではなく、「この事業は広がる構造になっているか」「案件が増えるほど儲かる構造になっているか」ということだと思います。
大橋: 売上や顧客数といった目に見える数字だけではなく、事業そのものの「構造」を見ることが重要だと。
舟生:
はい。たとえば、売上が前年より増えているからといって、それだけで事業を続けていいとは限りません。売り上げを積むために経費も積んで、見た目の売上だけ増えてしまうこともあります。そうではなく、案件が増えれば増えるほど利益につながるような構造になっているのか。
標準仕様で売れるのか、再利用できる開発になっているのか、導入や保守を軽くできるのか、価格を守りながら原価を下げられるのか。そして品質も重要です。品質を甘くしてしまうと、スケールしたときに品質対応だけで経営リソースを奪われてしまう。
だから、設計の上流から品質を作り込む。大企業なら本業の分野では普通にやっていることを、新規事業でもどこかのタイミングでしっかりやらないと、あとで大きな後悔をすることになると思っています。
1→10はときに0→1の伴走者である
大橋: そう考えると、0→1と1→10では、求められる「筋肉」も違いますよね。
舟生: そうですね。新規事業の立ち上げって、ある程度「失敗の繰り返し」なんですよ。つまり経験値なんです。毎回0→1の人がゼロから失敗を繰り返すより、ある程度経験が蓄積されていて、「これはやってはいけない」「これはやるべき」ということが分かっている人が横について伴走したほうが、失敗確率を減らせる。だから、1→10にはそういう役割を持たせています。
大橋: 組織の役割分担が明確になっている大企業において技術開発とビジネス開発では、野球とサッカーくらいルールが違う事を認めて、個人に「ビジネス開発のセンスを身につけてください」と求めるのではなく、会社としてサポートしたほうがいい。

舟生:
間違いないですね。0→1を発想する人って、最初から「金儲けしよう」と思って作る人はあまりいないんですよね。大企業の新規事業では、社会課題にフォーカスして始めることも多い。
でも、そこで「じゃあ、どうやってマネタイズするの?」という問いを立ててあげることも大事なんです。大企業の場合、ふわっと始まってしまって、「何がゴールだったんだっけ?」となることがあります。それでは最終的に、やっている人が不幸になってしまいますから。
大企業だからできる新規事業の活かし方
大橋: 一方で、大企業だからこそできる新規事業の形もありますよね。
舟生: 大企業が新規事業をやるなら、自分たちが持っているアセットを活かせない事業を、あえて大企業の中でやる意味はないと思っています。そうでなければ、スタートアップにスピードで勝つのは難しいですから。ヤマハ発動機では、既存技術を新しい市場に展開する事業があります。航空計測、メディカルデバイス、屋外自動搬送などですね。既存の技術や市場、あるいは自社ならではの強みを活用することで「勝ち筋」をつくる。大企業における新規事業の王道だと思います。
大橋: 新しいビジネスを作ることが、必ずしも「スタートアップになる」ということではない。
舟生: そうだと思います。大企業だからこそ、自分たちが持っているアセットを組み合わせて、社会に大きなインパクトを与えるような挑戦もできる。たとえば、一隻の船をつくるだけでなく、港をつくるようなことにも挑戦できる。そこは大企業で新規事業をやる一つの意味だと思っています。

舟生:しかも、一つの事業に「のるかそるか」ではない。何度でも挑戦できる。そこは大企業ならではだと思います。
新規事業の成功=会社の成功とは限らない
大橋: では、大企業にとって新規事業の「成功」とは、何なのでしょうか。
舟生:
大企業の新規事業においては、「事業の成功=会社の成功ではない」というところが、避けて通れない議論だと思っています。事業として黒字化した、売上が伸びた、外部から評価された。独立できそう、出資したいと言われた。スタートアップだったら、どれも素晴らしいことです。
でも、大企業の中で新規事業をやっている以上、それだけでは十分ではない。今の母体となっている既存事業の成長に資するものなのか。会社全体の次の事業の柱になるのか。あるいは、新規事業をやることで企業文化がより挑戦を後押しするものになっているのか。そこで生まれた人材が次の既存事業のトップになるのか。
そうした本業側に生まれる事業価値や、組織・人材への波及まで含めて、初めて「成功」と言えるのではないでしょうか。
新規事業は「企業の新陳代謝」のためのツール
大橋: 最後に、大企業で新規事業づくりに励む読者に舟生さんが一番伝えたいことは何でしょうか?
舟生: 新規事業は、「決してギャンブルではない」ということです。成功するためのルールはある程度見えてきていますし、研究もされています。だから、恐れるものではない。そして、新規事業の成功は、事業そのものの成功だけではありません。企業そのものを新陳代謝させ、変えていくためのツールでもあると思っています。

舟生:新しい技術やオープンイノベーションを取り入れたり、さまざまな業種の人たちと出会ったりすることで、既存事業にも新しい血が入る。そこから技術や事業のイノベーションも起きてくる。だからこそ、新規事業は「特別なこと」ではなく、企業が成長し続けるための当たり前の取り組みとして、もっと活用してほしいですね。
大橋: 新規事業を作るのは、特別な才能を持った人だけの仕事ではない。0→1で生まれたものを、1→10、そしてその先へと育てていくための仕組みを会社として持つ。そうした「構造」をつくることが、企業が挑戦を続けるための土台になるということですね。
舟生: そうですね。文化が先にあるというより、構造が先にあって、文化が後からついてくるのが自然なのかなと思っています。「こういう構造を取れば、ちゃんと新規事業が生まれます」と納得してもらって、まずやってみる。そこから文化ができていく。新規事業を「当たるか、当たらないか」のギャンブルにせず、企業そのものを変えていくための仕組みとして活用してもらえたらと思います。
大橋:本日は貴重なお話をありがとうございました。
対談まとめと所感
新規事業は「0→1」で生み出すことだけでは終わらない。むしろ、有望な芽を選び抜き、KPIを定め、事業として成立させ、スケールさせる「1→10」にこそ、大企業特有の難しさと工夫が求められる。舟生氏との対話で印象的だったのは、売上や顧客数といった目に見える数字だけでなく、案件が増えるほど儲かる「構造」になっているかなど、0→1とは異なった視点を持つことの重要性である。大企業における新規事業の成功は、単独の黒字化にとどまらず、本業とのシナジーや、挑戦する企業文化・人材育成への波及効果まで含めて複合的に捉えるべきだという。正しいやり方で進めることで、新規事業は運任せのギャンブルではなく、再現性のある構造によって成功確率を高められる、そして、企業の新陳代謝のツールになるということが印象に残った対談となりました。(マーケットワン 大橋慶太)
プロフィール
舟生 健太郎
ヤマハ発動機株式会社 経営戦略本部 新事業開発統括部長
2024年入社。現在は8つの新規事業を束ね、事業ポートフォリオの運営や個別事業の戦略・投資判断を担う。これまで個別事業ではメディカルデバイス事業、森林計測事業の責任者を務め、事業変革を主導。eve autonomy、CourieMate、ENYRING、Turning Fork Bio取締役。前職では、現パナソニックHDの経営企画部門などで、M&A、事業戦略、新規事業などに従事。2019~2023年は欧州販社にて経営企画を担当。
大橋 慶太
マーケットワン・ジャパン合同会社 執行役 ビジネス開発管掌
BtoB企業のマーケティング・コンサルティングに15年以上従事。大手製造業向けに、マーケティングを軸にした新規事業探索、デジタルトランスフォーメーション等の戦略立案と実行支援のアドバイザリ役を務める一方、日本におけるマーケットワンの事業開発を管掌する。日本アドバタイザーズ協会 デジタルマーケティング研究機構BtoBマーケティング委員会の委員長。